第5話

 ルータスは有能な騎士だ。いつも冷静沈着で、驚いたり怒ったりを出すことはあまりない。整った顔とあいまって、表情は豊かなではなかった。

 ので。このぽかん顔は貴重である。

 生まれた日から一緒にいた私でもめったに見ないぽかん顔。思わずまじまじと見つめれば、なぜかルータスの肩が揺れ始め……。


「もしかしてっ……ですがっ、イリー様は今、『変になったから殺される』と。そうおっしゃいましたか?」

「……へ?」


 ルータスの変わりように、ぽかん顔をするのは今度は私の番である。

 ルータスはそんな私の顔を見て、ククッと笑いながら、頭を撫でて――


「イリー様は、生まれたときから、おかしかったですよ」


 ――失礼! 私が主なのに、失礼!


「わ、私が、前世って言いだしてもおかしくないってこと!?」

「はい。イリー様であれば、そういうこともあるのか、と」

「……信じてないってことではなく?」

「はい。イリー様の話は信じております。イリー様はとてもおかしな方ですが、嘘を言ったり、困らせることを言って相手の反応を窺うような方ではない」

「……」


 ルータスの言葉を反芻する。

 うん。どうやら私の言葉は信じてくれたらしい。それはわかる。信頼を感じる。で、信じたからこそ、前世とか言い出した私を見て、「イリー様はおかしくなってしまった」と憎しみが生まれることもないらしい。

 なぜなら、私は生まれたときから変だったから。私が変だと言うことにも信頼を感じる。

 ……失礼! 失礼にもほどがある!


「イリー様は生まれたときから、おかしな方でした。物心つくのが早かったり、ほかの子どもと比べると、わがままも少ない。……どこか遠くを見ていたり、一人でも楽しそうだったり。そのような姿が『前世』があったせいだとしても、不思議ではありません。イリー様は特別な方ですから」

「……そう」


 ルータスの言葉に、なるほど、と頷く。

 自分では今日までわかっていなかったが、どうやら『前世』の影響は『思い出した』から起こったわけではないらしい。


「イリー様はどこか大人びていました」


 私は……。たぶん、生まれたときからすでに『前世』の影響を受けていたのだ。乙女ゲームのプロローグで死ぬ王女だとは気づいていなかったが、ほかの部分に置いても、なにも知らない子どもが初めて体験するのとは違ったのだろう。

 そして、ルータスはそんな私をちゃんと見てくれていて――


「しっかりした部分とぽわぽわした部分と。二つともあるのがイリー様です。その二つがあるのが『前世』の影響だとすれば、私は『前世のあるイリー様』をとても愛しています」

「あ、あいして……」


 ――突然の重い言葉。

 頬がピクッて引き攣ったよね……。

 命乞いで置いていたお腹の上の手。それを頬へと当てる。……引き攣った頬を隠すために。


「イリー様」


 そんな私をルータスが見つめる。水色の目は甘くとろりと溶けていた。そして、頬に置いた私の手の上に、ルータスの手が置かれる。

 大きな手はひやりとしていた。


「前世についてお伺いしてもいいですか?」

「う、ん」

「どんな方だったのですか?」

「えっと……それが、よくわからなくて……。ルータスのことや私のこと、この世界のことは思い出したけれど、前世の私がどんな人物だったのかは、ピンとこないの……」


 そう。乙女ゲームについては思い出した。

 けれど、乙女ゲームをしていた自分という記憶については曖昧なのだ。

 どんな人物だったんだろう。どこで生まれ――どうやって死んだんだろう。生まれ変わったということは、前世の生は終えている。

 その生が若くして亡くなったのか、大往生なのか。そのあたりもわからなかった。


「そうですか。……イリー様の前世に男性はいますか?」

「え……っと、どういうこと?」

「……結婚をした男性や、恋愛をした男性。……その身を捧げた男性は?」

「……っ!」


 目が……! 甘く溶けていた水色の目がぎらぎらと光り出した……!

 こ、これは、私の前世の男関係を排除しようとして……!?


「お、おぼえてない」

「本当ですか?」

「ほんとうに」


 人形のように答えながら、こくこくこくと頷く。

 本当になにもわからないから、嘘ではない……!

 ルータスにもそれは通じたのだろう。私の返答のあとすこし考える素振りをしたルータスは、それほそれはきれいに笑った。


「できれば、前世のイリー様が、だれのものにもなっていてほしくない」

「う、ん」


 前世も含めた独占欲。

 きれいな笑顔の向こうにある、ぎらぎらと光る水色の目に私は呼吸が浅くなった。


「けれど、もし、前世で男性と経験があったとしても構いません。どんな人生を歩んでいようとも、今ここにイリー様がいるのなら」

「そ、う……」


 本当に……? 本当に構わない……? なんだかんだ言って、あとで殺さない……? 私の死因、前世の男関係になったりしない……!? もはや前世についてはわからないし、しかも今の私にはどうしようもないことなので、どうしようもない……!

 ビクビクしていると、ルータスは手を動かし、私の髪を耳にかけた。


「イリー様」


 水色の瞳。甘くとろけながらもぎらぎら光る目。


「――前世を含めて。すべてのあなたを愛しています」


 さ、さすが溺愛ヤンデレ騎士……!

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