第2話
その乙女ゲームは【春の力】を受け継いだヒロインが、王宮に召し上げられ、そこで四人の攻略対象者と恋を育むものだった。
ヒロインはなぜ【春の力】を受け継いだのか、なにをするべきなのか。
出生の秘密、力の効果、自分の存在意義、そんな中、そばにいる攻略対象者と心を通わし、相手の秘密を知る。やがてヒロインは事件の真相にたどり着くのだ。
――春の王女を殺したのは……あなた?
そんなゲームだった。
そう。ヒロインが選んだ攻略対象者が、王女殺しの犯人になるという画期的な乙女ゲームだったのだ……。
イケメンといちゃいちゃして、ようやく結ばれると思ったら、その人は王女殺しの犯人。ヒロインが【春の力】を授かったのは、攻略対象者が王女を殺したから。それがあったから二人は出会い、愛を結んだ。けれど、それは攻略対象者の罪。その罪を抱え、二人は生きていく。
……いや、生きていくな。なんだその共犯者だから離れられない的な運命の絆は。
そんなよくわからないゲームだったが、製作者も一応はいろいろと考えていたらしい。
春の王女の人柄や功績は一切わからないのだ。
被害者である春の王女を描写すれば、恋がどうこうよりも、攻略対象者やヒロインへの断罪意識のほうが強くなってしまう。
王女殺しはあくまでエッセンス。
そうまでして出会った二人の運命の恋、真実の愛がテーマなので、王女がかわいそうだなぁと思うような要素はいらない。設定として、プレイヤーが理解すればそれでいい。
「いやだ……設定のために死にたくない……」
ベッドの上で一人うなる。
すると、顔の上にふわりと毛束がかかった。それを手で持ち上げれば、ふわふわのピンク色の髪。
私は、春の暖かさとやわらかさを集めたようなこの髪が好きだった。そして、この髪が自分が乙女ゲームに転生していると気づいたきっかけでもある。
乙女ゲームのプロローグ三行目で死ぬ王女は、ほとんど描写がない。だが、プロローグのムービーの中で、一瞬だけその姿が描かれたイラストが映るのだ。
「……おなかを一突き……か……」
横たわる王女。赤く染まる床とそこに残された短剣。ふわふわのピンク色の髪が床に拡がり、凄惨なはずの現場のイラストだったが、むしろ神秘的で……。
今朝はすこし調子が悪く、いつもより血色が悪かった。
そこでようやく、あの横たわる王女と、今の私の姿が一致したのだ。
「なにか考えごとですか?」
優しく凛々しい声が響いたかと思うと、そっと頭を撫でられた。
その温かい手が気持ちよくて、目を細める。
「ルータス……」
「イリー様は今朝から調子が悪かったようですが、もっと早くに寝室にお連れするべきでした。無理をさせてしまい申し訳ありません」
「私が……自分で大丈夫だと思っただけだから……。ここまで運んでくれたの?」
私を撫でる手の持ち主。ベッドサイドで座る人物を寝たまま見上げれば、その男性は「はい」と頷いた。
艶のある短い黒髪。揺れると、きらきらと光を弾いた。整った顔立ちは冷たくも思えるが、水色の瞳は優しい色をしていて……。
「……ありがとう」
「お礼など必要ないのですよ。いつも言っているでしょう? 私はあなたの騎士だ、と」
鏡の前から寝室のベッドまで運んでくれたのは彼だ。
いつも優しく、私を見守ってくれる。私の騎士。いつだって彼だけは味方でいてくれた。そして――
「どうして……私を殺すの?」
――
ヒロインが彼を選んだルートでは、彼が春の王女……つまり私を殺していた。
意識を失ったあと、目覚めたばかりだった私。
まだ現実と記憶が入り乱れて、自分の発言がなにを意味するか、どうなるかわかっていなかったのだ。
はっきりとしない頭でそう問いかければ……。
水色の瞳が大きく見開かれた。
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