最終話 聖の丘で

 私は銀梟ぎんふくろうである。飛べなくなったが居場所を見つけた。


 いま私が居るのは瞳の魔女の肩の上。魔女帽子のツバが日影になって昼が苦手な私でもまあまあ快適に過ごせている。そう、いまここは昼が在る場所。銀色が帰る森ではない。の街=オーグスを越えて、陽の昇る丘——ひじりの丘に来ていた。三人で。


 銀色が帰る森に居ないのであれば、いまの私は銀梟ではないのではないか、などと考えていたが、シャシエがにこにこしているので、それ以上考えるのはやめにしておいた。


 夜を背にして丘の頂上に立って、ゆらゆらとくゆ橙色だいだいいろを見下ろす。やはり見当違いではなく、太陽はシャシエと同じ匂いを放っている。


 そう言えば、ここに来る途中オーグス民が言っていた。丘から太陽を見下ろせるような状態は、昼ではなく朝と言うのだと。ぎゃあぎゃあ騒いでいた割には、新しい概念まで創って、なんだかんだ楽しそうじゃあないか。

 ならば私は、いやここに居る三人は、いま生まれて初めての朝を迎えているんだな。なかなか感慨深い。そしていつか朝が消えるまで、シャシエは唄い続けるわけだ。


「シャシエ。君がどうやって生まれてきたか知っているかい?」

「いえ、考えたこともなかったです」

「言い伝えによると、陽の街と銀色が帰る森の間で砕けた太陽は星になって森の奥に吸い込まれる。そこから森の裏に回り、街の下を通って、この丘に辿り着く。丘で集まった星々は一つになり太陽が出来る。そのときに溢れた星が丘に染み入って、それが蓄えられることで君が生まれたんだ。浄化された人々の結晶が、新たに生まれた無自覚な罪悪を救済しているというわけだ。だから君は決して、人殺しなんかではない」


 シャシエの頭に掌をポンとおくと、彼女は身を寄せてきた。


「こんなことはみんな知っていると思っていた。だから不必要に騒ぎ立てる彼らをずっと追い払い続けて来たのだが、どうやらそれではいけなかったようだ。もう二度と人々がシャシエを……いや、これから生まれてくるすべての空輝の歌唄いを傷付けないように、森と街の間に学びを建てようと思う」

「お師匠さまが、先生をなさるんですか?」

「そうだよ。魔瞳術まどうじゅつではなく、座学だけれどね」

「お手伝いします!」


 微笑んだ彼女の向こう側で、ふわり。とても小さな女の子が丘の上に降り立った。どこから現れたのかと言えば、空中から出し抜けに、だ。ぼう、とほんのり透明なそれは、徐々に景色との境目を明瞭にしていく。まるで太陽の光に生命を形作られるかのように。


 私が見ていると二人も気付いたようで、少女の方を見た。

 少女は首を横に傾けた。ピンク色の瞳に、ピンク色の髪。


「おいで」


 シャシエがそう言うと、少女はパタパタと走り寄って来た。

 近くまで来た少女をシャシエが抱き上げた。華奢な彼女でも軽々と持ち上げられるほどに、小さい。


「お師匠さまの言う通り、早かったですね」

「やはり太陽が壊れると周期が乱れるようだ」


 二人で少女に目を向ける。彼女は安心したのか、スヤスヤと寝息を立て始めた。


「名前なににしましょう」

「それを僕に聞くのかい?」

「わたしはお母さんですけど、お師匠さまもお母さんですよ?」

「ええ? 初耳なのだが」

「この子が生まれることに関わっているんですから、誰がなんと言おうとお母さんです! さあさあ、名前、一緒に考えてくださいね!」

「はいはい」




 太陽を背にして、二人は歩き出した。幼子を胸に、私を肩に乗せて。

 じんわりと暖かい始まりの光が、背中をたおやかに押したのだった。

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瞳の魔女と空輝の歌唄いシャシエ 詩一 @serch

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