第四話 願う創生
にわかに森が騒がしくなった。瞳の魔女だけでなく、オーグス民も一緒に来たらしい。
家の外の、遥か先の声に耳をそばだてる。
「君たちの言う通りにしただけだよ」
「いくらなんでも困りますよ!」
「デカすぎるから困っていたのだろう?」
「だからって太陽を壊すなんて聞いてないです! 俺たちはいったいどうやって生きて行けば」
「闇に怯え、寒さに凍えればいい。ただそれだけだ」
「あんまりだ」
「そもそも二つの内の一個を壊しただけだろう。時間は掛かるが、いずれまた元に戻る。その間、ただ昼と夜が交互に訪れるだけだ」
「じゃあ元の生活には戻れるんですか?」
「ああ。
「え」
「彼女が人々の罪悪を歌い上げれば、人は星になる。その星が集まって太陽になるんだよ。彼女が居なければ太陽は完成しない。だから生命をまっとうした人間が居たら、シャシエを呼びなさい。彼女に歌い上げて貰うんだ。空輝の歌は、人と太陽を繋ぐ
すごすごと言う音が聞こえてきそうなほど迫力をなくした男たちは、オーグスへと帰っていったようだ。
扉が開くとシャシエが飛び上がり、スタタターっと出迎えに行く。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
彼女は私の方に顔を向け、口角を上げた。
「ありがとう」
なにもしてないけれども、お礼を言われるというのは良いものだ。
「シャシエ。
「はい! あれ? でもわたしには使えないんですよね」
不思議そうな顔をして、シャシエは彼女を見上げた。
「このままでは、ね」
放たれた意味深な言葉から、意図を汲み取ったシャシエは、ぶんぶんと髪を振り乱した。
「もしも、お師匠さまのをくれようとしているのなら、絶対ダメです。それくらいなら
「魔瞳が使えるのはついでのようなものだよ」
「ついで?」
「僕は先ほど太陽を壊した」
こともなげに淡々という瞳の魔女に対して、シャシエは口を押え、ただでさえ大きい瞳をさらに大きく見開いた。
「えええ~!? 凄いです! でもどうやって?」
「ただ見つめた。そして、壊れろと思った。それだけだよ」
今度は目を閉じてうっとりした表情を浮かべる。実に表現力豊かである。
「君とお母さんが守り抜いてきた太陽を、僕が壊した。このままではいけない。元通りにする必要がある。そのためには君の存在が必要なのだよ。これから君は、人が死ぬ度にそこへ赴き、
瞳の魔女はシャシエの頭に掌をポンと乗せた。
「自分の太陽を見てほしい」
慈しむように撫ぜる。
「それは君の権利であり、同時に僕の義務でもあるんだ」
「権利とか、義務とか、そんなの、誰が決めたんですかぁ……」
彼女は奪うことを恐れているようだった。
「僕が決めたことだ。僕が決めたことは、僕以外の人からすれば無意味なことかも知れない。だがそこに意味を見出し、
シャシエは瞳の魔女の胸に額を寄せた。ふんわりとしたローブに顔が
涙とローブに絡まり、くぐもってしまった声をゆっくり吐き出す。
「……本当は、怖いんです……。また、怖いものを、見てしまうのが……」
「それならば僕も正直なところを言おう」
瞳の魔女はシャシエの後頭部に腕を回し、抱き寄せる。
「確かに人の心は醜い。君から光を奪うほどにね。けれども、心に光が差すほどの光景もまた、この世界にはある。そんな景色を僕は、自分の心を許した人に見せてあげたい。いや、一緒に観よう、シャシエ」
彼女はそう言って、シャシエを体から離して
瞼から漏れた青い光が部屋の中をふんわりと満たしていく。これほど優しい光と、これほど優しい魔瞳術を、私は初めて目にした。
やがて光が弱まっていくと、瞳の魔女が顔を離し、シャシエの右瞼にキスを落とした。薄い唇が、柔らかな瞼からゆっくりと離れる。
それを合図にしたように目を開くと、シャシエの右目には蒼の瞳が
「お師匠さま……」
「君の瞳を貰ったよ。お揃いのヘテロクロミアだ」
「お綺麗です……」
「……え?」
瞳の魔女はキョトンとしている。
「いきなり出会っちゃいました。光差す光景」
「あ、え、いや」
彼女があやふやな言葉を発しながらさがると、合わせてシャシエも前に出る。
「なんで逃げるんですか? そう言えばさっき、どさくさ紛れに私の瞼にキスしましたよね?」
「ダメだったかな」
視線を外して声のトーンを落とす瞳の魔女に対して、シャシエはぶんぶんと首を振った。
「卑怯です! 私もします! さあ、膝を曲げてください!」
言われるままに姿勢を低くする。
「さあ目を
「な、なぜそんなに語気が荒いんだ? 嫌な予感しかしないのだが」
「いいから!」
魔女は瞳を閉じた。シャシエは彼女の後頭部に腕を回して、それから……おっと——ちょうどまばたきをしてしまった。長めの。かなり長めの。
だからシャシエがどこに口づけをしたのかは私もわからない。ただ、あのあと瞳の魔女の顔がほんのり赤かったのは——いや、憶測で物事を語るのは良くない。だからなぜ彼女の顔が赤かったのかはわからない、と言うことにしておこう。
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