プロローグ2

 サツキは家に帰り、いつものようにメイドに果実飲料を強請り、いつものように団欒部屋で寛いでいた。

 今日のドッキリも成功したし、おもろかったなと思い出し笑いでまた笑う。


「サツキ兄ぃ、何か楽しいことあったの?」


 7歳になる妹のヤヨイからの興味深々な問いに、今日の一日一善ならぬ、一日一悪戯の報告をする。

 団欒部屋での果実飲料を飲む会は将来のお茶会に向けての教育から始まったが、今ではこうやって、サツキのドッキリ報告会となっている。


「いやいや、今日もオモロかったでぇ~、間抜けなオッサンが穴にハマりよってなぁ、そら、もう涙がちょちょ切れるほど笑ろたで。腹筋ネジ切れるわ。ホンマに」


 妹に問われ、今一度思い出してしまい、だっはっはと笑いが込み上げてくる。


「もー、毎日毎日、本当に飽きないわね。」

 

 いつもの悪戯報告にうんざりして、ため息が出る。

 悪戯以外でもっと面白い事を話して欲しかったと思いつつ、続けた。

 

「サツキ兄ぃが悪戯好きなのは知ってるし、時々面白い報告で確かに楽しいけど、領民に対しての悪戯はお父様やお兄様に迷惑がかかるから、ほどほどにしないとダメだよー。」


 今までは、領館で働くメイドや料理人などに悪戯をしていたが、最近では領民に対しても悪戯を行っている。父からもやめるように誘導して欲しいと言われている。


「最近は私も止めないのは同罪だ!って皆に言われてるのよ。」

 

 父からもサツキの悪戯をやめさせれないか?とそれとなく誘導して欲しいと言われている。


「そのうちお父様に家を追い出されるわよ!」


ヤヨイはぷんぷんと言わんばかりにほっぺを膨らませる。


 サツキやヤヨイの父はラッカラ王国の伯爵であり、為政者としての評判も高く国からはやり手な領主として一目置かれ、領民からは良き領主として慕われている。


 名をカズマ・ホシノと言う。

 この国では珍しい名前だ。 

 領主として現ホシノ領を統治するのに忙しく、さらにここ2年ほどは、南の大森林からの魔獣被害に悩まされ、その対応に忙しく、くそ息子とは会話という会話もしていない。

 ここ数年、色々なところから上がってくる息子の悪戯報告ににいい加減愛想をつかしていたが、忙しさを理由に完全に放置していた自身にも非があるのだと、息子に強く当たる事も憚られた。

 さみしさの裏返しだったのだろう。と

 また、息子の言葉使いも独特で、この領内どころか国中はたまた世界中を探しても息子であるサツキと父親である”流星”しか使わない独自の言葉使いでさらに苛立たしい。

 元領主である父親は、このホシノ伯爵の初代であり、国王からの信頼も厚く小さい頃は憧れの英雄であった。

 父から聞いた数々の冒険譚。

 ドラゴンとの戦闘。

 帝国との戦争での活躍。

 何を聞いても憧れるものばかりであった。

 父は成し遂げた功績から、爵位をもらい、王都で過ごす事を求められていた。

 しかし王都で暮らす事を頑なに断り、それでも、魔獣被害が多く、帝国との国境であるこのホシノ領で辺境伯となったのである。

 実際にホシノ領は東に帝国、南に魔獣と強き者が統治する必要もあった。

 尊敬する父はしかし、カズマの成人と共に領主の立場をあっさりと、即座に放棄し、引退してしまう。


「わいは世界を見て回るんや! 第三の人生を満喫するんじゃ!」


 と、最愛の妻である母と一緒に旅に出て行ってしまった。

 今では、3年に一度程度しか戻ってこない。

 偶に帰ってきても、孫であるサツキやヤヨイと土産話に花咲かせ、世界中を旅しているのか、土産だ何だと持って帰った見たこともない郷土品や魔道具の数々を置いて帰るのみ。

 今では、館の地下には大量のガラクタが眠っている。

 何の役にも立たないガラクタだ。

 一度、使える物は無いかと事務が得意な者に王都にある図書館で調べたり、各地の伝承などで、同じものは無いか等調べてもらったが、結果、多量の魔力を有する物でしか起動できない魔道具ばかりで、その使い方も不明なものばかりだと分かった。

 ほぼ父親である流星しか使えない物だというものだ。

 そんなものに全く価値は無い。

 そして、郷土品なども見たことも聞いた事もない姿形の動物の木彫り人形や、精工に作られているだろうことは分かる、やたらと現実味のある小さな土の人形に、どんな趣味趣向の持ち主が発想するのか分からないが、その人形には服まで着せてある。

 そんな訳の分からぬ品々を持ち帰っては地下に置いていき、息子(特に次男)に入れ知恵しては去って行く、もはや疫病神とも思われる父に以前までの尊敬の念は断たれた。

 領地の経営に困った時に、領主経営についてふと質問をした時も


「お前はうまぁやっとる。 そのまま真面目に気張ればええ」


 と、具体的なアドバイスなど無く。


「せやけどなぁ、お前は真面目過ぎやねん! 旅の途中で聞く領地の噂には良い領地や何やと言われとるけんど、全然おもろーないねん! もっとおもろい噂を聞けるように精進せぇや」


 とむしろ、暴言の嵐である。


「その辺、サツキはええでぇ。ボケとツッコミのセンスもええし、わいの教えをよー守っとる。 ありゃ大成するどー」


 カズマは15歳の時に王都魔法学園を主席で卒業した。

 卒業後、領地に戻って2~3年は、領内の様子を見ながら、父や母に教えを請い、領主として恥ずかしくないように勤勉に努めようと考えていた。

 突然の領主任命に、当時は相当にショックで、しばらくの間、何をすれば良いのかも分からず、領内は荒れに荒れた。

 領主として采配を振るう事に慣れるのに3年かかった。

 領民の信用を得るのにはさらに5年が必要であった。

 王都魔法学園時代に出会った妻との結婚もその時にやっとである。

 真面目で何が悪い! 私はうまく経営している。

 領主を継いで9年目にして、やっとの思いで跡継ぎが生まれる。

 息子には自分のように突然の領主任命にも耐えれるように、厳しく躾けていた。

 自分に似たのか、真面目な性格がそうさせたのか、厳しい躾けにも耐え、王都魔法学園へ入学した際の成績も優秀であると恩師である現理事長からのお褒めの言葉をいただいた。

 教育が行き届いていてこの学園で学ぶ事はほとんど無い。

 学園では人脈を育むのみで良いだろうとお墨付きをいただいたのだ。

 王都魔法学園では魔法の授業はもちろん、政治や経済についても学ぶ事が出来る。

 その教育課程を入学前に完結しているのだ、自慢の息子である。

 そんな長男のフヅキが成功するとは思われても、次男のサツキが大成するなどとは全く持って考え浮かばない。

 長男のフヅキが後1年もしない内に、卒業を迎え、領内に戻って来る事が今のカズマの心の支えなのである。妻も同じ考えであろう。

 二人目の息子は産まれてのち、英雄である父を色濃く受け継いでしまったのは、髪の色からも分かっていた。 

 この国では珍しい黒い髪。

 父に似て欲しくないと思いつつ、自領から決して出さずに社交の場にも出さず放置していたのだ。

 気づけば手の付けられない悪ガキに育ってしまった。

 魔力が多く領地の役に立つのなら良かったが、あれは悪戯の為に魔法を開発して、楽しむのみで、領地の役に立つような魔法の開発は全く行わない。

 そして、今日。

 長男のフヅキが帰ってきたその日にサツキの悪戯があってはならない事態となる。

 悪戯の度が過ぎ、領民の中でも将来有望で、息子と共に領政にかかわる準備が整っていた青年を、その悪戯で精神崩壊させてしまい、廃人のようにしてしまったのだ。

 医者にはその青年の精神が戻るのは難しいと告げられた。

 私の堪忍袋の緒が切れたのは言うまでもない。

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