第4話
――新参者改め! 野郎衆ザガン、推参つかまつる!!
裸の野郎共居座りしは熱気の風呂。立ちこめし湯煙をかき混ぜし清涼の風と共に放たれるは新たなる男のその名であった。
己が鍛えた肉体と自慢をその股座にぶら下げた男たちが其処を見る。在ったのはかつて無垢であったはずの象徴を携えしザガンであった。彼を前に、男たちが微笑みかける。
「……初めての味、如何様であった!?」
格別なり――その問い掛けにザガンはこれ以上無い神妙な面持ちのままに応える。彼の脳裏に蘇るは初夜の光景。感触と匂い。そして息遣いであった。彼は男たちにそれを伝える。
生気に満ち、そして今までに無いほど強い力を満たしたザガンの眼光に照らされた男たちから雄々と感嘆が溢れる。彼らはザガンの姿にいつぞやの自らの姿を重ね、そして己が子の独り立ちに感銘を覚えると涙脆い者は彼の姿についと感涙してしまう。
「よう来た、ザガン! 野郎衆へ!!」
熱く満ちる蒸し風呂の只中、男たちはその筋骨隆々、鋼のような肌を合わせその肩を抱き合う。その中心にあるのは新たなる野郎衆の男ザガン。ふりちん振りかざす野郎共の笑声はその日、ひたすらに続いた。何を隠そう、今日は祝いの席にして祭りなのだから。
――三日三晩を通し行われる里の祭りは飲み食いと無礼講に溢れていた。特に今だ野郎衆へ数えられない男未満の若衆らは酒に料理に、そして催される相撲大会に熱狂する。何せこれで良い成績を残せれば次なる成人の儀への参加の足掛かりになるのだから当然である。そうでなくとも負けず嫌いがこの里の男に生まれた者の性。
女衆は祭り上げられた、ザガンが討伐せしめた竜のための唄をバジラを筆頭に歌い上げ、それはバジラ以外代わる代わる全ての女性たちで続けられる。男たちのような熱狂は無いが、料理を作り唄を歌う彼女たちがいなければこの祭りは成立しない。
そして女性らがその身に鱗しか纏わぬのだから必然、男性らもまた祭りの合間に纏うものは腰絹一丁のみであった(とは言え催事以外でも此処の男らは日常的にそう言う格好で居ることは多い)。
――やがて澄み渡る星空の中、月が昇る。
里を少し外れた場所に流れる小川にて、蛍の群れの中にありずっと昔から其処に存在する巨岩に腰を据えたザガンはその月を見上げていた。彼が手にした漆で黒と赤に彩られた盃に満ちる酒の水面に映る月は蒼い。
「……美しい。だが、不吉にも思える」
「ちがうちがう、きっと吉兆だよ? ザガンのしんぱいしょ〜」
彼の疑念を杞憂と嘲笑う声に、くわりと迫力を増した目元、ザガンの横顔が己の背後を睨みつける。そこに居たのは立派な対の角を頂き、白い鱗に覆われた尻尾を左右に揺らす竜人バジラ。
彼女と分かるとザガンはその表情を緩めほっと一息吐く。対するバジラは彼の戻り往く横顔に向けからかい半分にべっと舌を見せると、袴を持ち上げ竜鱗に覆われ爪を有する膝下を曝し小川から覗く岩々の上を跳んで渡る。
やがてザガンが腰据える大岩に辿り着くとそれによじ登ろうとするのだが彼女が顔を上げると既にザガンの手が差し伸べられていた。
「爪、あぶないよ?」
「お前に刻んだ痕を思えば癒えて消える傷など問題外だ」
その手を見て、そしてザガンの顔を見上げたバジラが微笑を見せながら問い掛ける。しかしザガンは苦手な笑みをぎこちなくも精一杯浮かべながら言うのだった。
それでも僅かに躊躇するバジラの手をザガンは自ら進み握り締める。握り返す彼女の爪に彼の皮膚は裂けて血が滲むが、ザガンは構わずバジラを大岩、自らの傍らへと引き上げる。
「えへへ、バジラにも一口ちょーだい?」
「今宵より無礼講である」
「はーい♡ んぐ……っ」
「良い飲みっぷり」
一度言ってみたかった――ザガンが改めて盃を酒で満たすとそれをバジラへと手渡しつつ、それを一気に口内へと煽り入れる彼女を見ながら思った。
酒とは強き戦士を潤す聖水であり、普段それは野郎衆のみが飲む事ができた。しかし祭りとあらば無礼講として若衆や女衆も飲酒が許される。
そしてザガンは再び月を見上げる。彼にはどうしても凶兆に思える冷たい月は、しかしバジラには吉兆に映っていた。
しかしそれで良いのだ。ザガンは自らへとそう告げる。彼女の前向きなその感性にこそ彼は救われ、そして憧れていたからだった。今こそ自らに足りないものを持つバジラが側に居てくれる。これがザガンには堪らなく嬉しかった。
願わくば彼女もそうであってほしいと、彼が思った時であった。突如視界へと割り込んできたバジラの顔に驚いたザガンの唇を彼女が奪う。
半ば反射的に逃れようと身を引いたザガンだったが、そうはさせまいとバジラの両腕が彼の蛇のように巻き付いた。
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