第2話

 ――野郎共が死に損なってきたよ!!

 そう告げ、湯煙立ち上る里から続々とその姿を現したのは女たちであった。身に纏う衣は一枚の羽織のみ、それ以外で彼女たちの肌を覆うものは十人十色の竜鱗のみ。四肢に巻かれた帯は万が一にもその爪で他者を傷付けぬため、詰められた角は区別のため。


 現れたる女たちは竜との混血まざり! 即ち竜人なり!!


 女たちの足元をすり抜けその小さき姿を見せる子供たち――此処は人間と竜人が寄り集まりし山岳の村里! 其処は知る人ぞ知る湯の穴場でもある!!


 女とその子供たちが集まるは里の正面玄関。巨大な矢蔵が兼ねた追手門が解放され、その向こうに姿を見せるのは件の男共。

 むわりと目にすら見えそうな程の男臭さを漂わせる一同の眼差しは、家を前にしながらその木戸を潜るまで油断はすまいと鋭いまま。その目は里を、女たちとその子らを見ながらも残りの感覚全ては周囲に向けられていた。


 そして彼らの後ろを追うものあり。それを垣間見た女たちから感嘆が、子供たちからは歓声が沸き上がる。巨大なる山、それ即ち竜にして里の明日なる糧。

 更にそれをただ独り牽引するもの。それ即ちその竜を狩りし新たなる男の一人。血染めた腰絹ふんどしに、今だ鮮血を溢れさせる裸体で巨体を載せし車を牽くのはザガン。


 これで祭りの準備が整った――女たちは男たちを向かえ入れ、門が閉ざされたことでようやく獣を心の檻に封じ込めた男たちは、足元に纏わり付く子らを誰のものとも関わらずに抱き上げたりして可愛がる。この里に於いては暮らすもの全員が家族なのだ。


 無論、竜狩りという大役を見事完遂し、そして男の仲間入りを果たしたザガンの周りにも子供たちや近しい年齢の者たちが集まっていた。

 ザガン本人は少々困惑気味で、それまでの険しく獣のようであった様相とは打って変わり人の好さげな柔和な笑みを覗かせていた。


 男の一人が自らの子である男児と女児を抱えながら、実兄であるもう一人の男とザガンを見て微笑み言う。


「槍の一突きで竜の心の臓を的確に射貫く技量と度胸。ヤツはこれからの男衆を率いるに充分であるな。流石はガンダーの倅と言うべきかな」

「なんの、岩雫ガンダーとてあれほどの技量はなかったわ。何よりアレが自分に劣るもんを男にはさせまい。間違いなしよ」

「なんにせよあれだけ見事な亡骸だ、今宵からの祭りは盛大になるな。今から楽しみじゃ」


 そして兄の方がザガンへと手を振り声を掛ける。


「ザガン、今日はもうさっさと休むが良い。巫女とのにも差し支えよう」


 竜を乗せた車を他の男たちと年寄りに任せるついでに、狩りの様子について彼らに伝えていたザガンがそれに気付き手を振り返しながら肯いた。


「了解、そうさせてもらおう。悪いな」

「なんのなんの、我らは何もしておらん」


 車の元を離れ、兄弟の元へと歩み寄るとそう言うザガンに弟の方が笑い返した。ザガンは最後に彼が抱えるこの頭を撫でたりしてやると一人、里を見下ろすように切り立った山の麓に建てられた斎屋ゆやへと向かうのであった。

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