第6話
――か弱き者は却けい! 脆き者は道を譲れい!
我を誰と心得よう! 我を誰と心得よう!!
我が名は、我が名こそは
――
朱色の鉄甲が月夜に煌めき、恐れ知らずの二本角が聳え立つ。漆黒の双眸に宿る赤き閃光瞬き、食い縛られた牙生ゆる頬当てより溢れ出すは熱き
野郎衆が一人の矛先が迫る! 駆け付け、弾んだ勢いを持って放たれた穂先は竜鱗をも穿つであろう。しかし、しかし――!!
――バキャアッ!!
「ムゥン……蚊にすら及ばぬ弱き者、却けい!」
そして放たれるシュテンの裏拳。それは一瞬の閃きに似て男の横面を捕らえ、その頭部を豆腐の如く容易く叩き割る。赤の飛沫が四散し、桑の実色の肉片が一面に舞い散る。
あまりの勢い、威力により頭部だけ削ぎ取られた男の残された身体から力無く崩れ落ちた。鍛え抜かれた肉の鎧、果てしなく無意味!!
――キェイッ!!
男の亡骸を踏み付け、泥田を踏み抜くように潰しながらシュテンが歩みを進めようとしていた。それが見上げるは斎屋。身の丈八尺五寸にも至ろうかというような巨躯をそして瞬く間に取り囲んだ野郎衆。彼らが身に纏うは竜鱗の鎧と獲物は竜の牙を用いた槍である。
気合い一閃。無数の槍の穂先が一斉に、そして四方からシュテンを突いた――が、一分の隙も無いそれの鎧を前に野郎衆の槍は皆全て粉砕。一同が驚愕する前でシュテンは両手の指先を垂直に伸ばす。ガチャンとの異音が響いた。
「……鋭翔爪!
――ズバババッ!!
それ凄まじき風切り音を伴い、シュテンの閃く指先より放たれた目視能わぬ程に素早き礫がその先に居る男たちを次々にバラバラに打ち砕いて征く。男たちだけではない。彼らがその影に庇っていた女衆も、ひいては子供らすら粉々に弾け飛んだ。
シュテンは両手を水平にかざしたままその場にて一周。再び斎屋を前にシュテンがした時、彼の周りにはもはや勇ましき戦士の姿は無かった。あるのはその欠片のみ。真っ赤に染まり、人であったものがその中を泳ぐ。男も、女も、そして子供も。
残った者たちはシュテンの力を前に蒼白しながら、しかしその手には武器がいまだ握られたままであった。次は我が、次こそは敵を討ち果たす。その気迫は更に増していた。シュテンが笑う。
「ぐふふ……その意気や良し。されど無謀。
シュテンの挙げる咆哮に誰もがその身を竦ませ、そして固まった。赤子すら泣く事叶わず、全てが全てそれを前にただ沈黙! 兜より噴き出し乱れる白髪を遊ばせながら、静寂の中をシュテンは歩み出す!! 彼の放つ威圧の中、例え敵わずとも動く事ができるのは野郎衆のみであった。つまり――
――待て待て待てぇぇい!!
「ムゥン、ヌ!?」
その声は空より響き、勇ましさ溢れるそれに耳を傾けざるを得なかったシュテンが表を上げる。そして見たものは月輪を背負い舞う鷹……否! それはザガン!!
彼は手にした巨大な物体を勢い良く振り下ろす。無論、暴虐働くシュテン目掛けてだ。シュテンはそれをエグゾギアを纏うが故避けるに値せぬと、判断を誤ってしまった!!
ザガンの得物が強かにシュテンの角と激突する。
ガシャァン――と盛大かつ派手な音が轟き、それにより周りの存在の緊張が解かれる。皆が動揺に声を淀ませる中、全力で得物を振ったザガンは着地もままならずシュテンの前へと落下しまろび出る。
――御神体が大得物、
並じゃあねえぜ――すぐさま姿勢を立て直し、地に片膝突けながらボロ布です巻にされた大得物を肩に担ぐザガン。得物の大きさたるや、彼と同等という規格外。
だがシュテンを見遣るザガンは驚愕に目を見張った。鎧兜ごと潰れてもおかしくない渾身の一撃。それを見舞ったにも関わらず、彼の目の前に居るそれは僅かにたじろいだのみ。下がっていた頭もすぐに持ち上がる。
「良い打ち込みであった! しかしこのシュテンが超鋼甲冑は――」
――ビキリ!
「ムムゥッ!?
彼もまた男であると知ったシュテンの弾む声。いざ死合わんと彼が両手を構えた時であった。鋭い音がエグゾギアより響き渡り、ともすればそれが警告をシュテンへと告げた。
天に向け湾曲しながら伸びたエグゾギアの二本角の内一本。それの根本近くに深々と亀裂が生じていた。
ギロリとシュテンの双眸に瞬く赤き閃光がザガンを、そして彼が担ぐ得物を見た。彼の目を介し脳にはエグゾギアが読み取った情報が流れ込み、その武器がエグゾギア由来のものである事を知らせる。
「確かに此処で間違いないようだな、鍵のエグゾギア!!」
「鍵の……? 何を言っているっ」
「聞けいっ!!」
構えを解いたシュテン。彼は握った拳から伸ばした人差し指をザガンへと突き付けつつ、声高らかに告げた。
「我、エグゾギア・シュテンは
シュテンの言葉を聞く全ての者が困惑を露わにする。ザガンもである。そして彼が見るのは己が担ぎし大太刀。御神体とは斎屋に秘匿されし滝に、更に秘匿されたもののことをこの里ではそう呼んでいた。
御神体。エグゾギア。シュテン。
様々な疑問がザガンの頭に浮かんだが、結局彼はそれを落下の時に切った口内から溢れた血と共に唾に混ぜて外へと吐き出した。
そして大太刀の柄を両手で握り締め、全身の筋肉を総動員してそれを振り上げながら立ち上がると叫ぶのだった。
「野郎仲間の仇を前にして、ただでどうぞとは行くまいっ! いざ尋常に勝負致せ!!」
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