第5話
竜人の力は強い。それこそ野郎衆にも負けず劣らず。特にバジラのような他よりも竜に近い者の膂力は遂に人の域を超える。
故に巻き付いた彼女の両腕を振り解く術はザガンには無く、どうすることも出来ない彼の中に動揺が広がっていった。
そこに更なる動揺来たる! ザガンとバジラ、重ねた唇の合間より流れ滴り落ちる一滴の雫。それは先ほどバジラが煽り入れた酒の一滴であった。
ザガンの口腔に広がる熱。それは彼女の唾液に薄められた酒の味を伴い、しかし喉に到るその熱さたるやただ飲んだそれを遙かに上回る!!
美味なり――ザガンの両目が見開かれ、その胸は内側より張り裂けんばかりの勢いで高鳴る。酒気か、はたまたバジラの粘液か! 彼の肉体を流れ染み行く血液は火がついたように熱く、その身は瞬く間に火照り赤く染まった!!
「んふふ……二人で半分こ。少しはらしい、かな」
そして離れるバジラ。彼女は口元より滴った酒を覗かせた赤い舌で拭い取りながら頬を赤らめて笑う。対しザガンは己が唇に指先で触れながら今一度思う。
――美味なり!!
ドクドクと今だ早鐘を衝く胸に火照る頬、しばしザガンは沈黙し自らを律しようと努めた後、口元より手を退けバジラに双眸を向ける。少々イキりすぎただろうかと不安に感じ始めていた彼女の肩が彼の瞳を前に微かに揺れる。
まずは謝っておこうと彼女が口を開きかけた時であった。先んじてザガンがその口を開く。
「……らしいも何も、我らは既に
「ゆ、ゆえに……?」
ぎらりぎらつくザガンの眼は燃えていた。
その瞳に射竦められたバジラはきゃんと悲鳴と共に彼の言葉を復唱、その続きを期待に高鳴る胸をそのままに顔面を赤に染め待つ。そしてザガンは告げた。
――今宵行うは営みぞ!!
その一言にバジラが身に纏う着物を脱ぎ捨てる。ドンピシャであった!!
更にザガンも己が肉体にただ一枚纏っていた腰絹に手を掛ける。だが――
「む……!?」
「なに……っ!?」
二人の元に瞬いた予感めいた感覚。それに今まさに燃え上がらんとしていた両者は動きを止め、共に同一の方角を見た。小川の向こう、短い林を抜けて彼らの視線が行きつく先はそう、里であった。
「バジラ、お前はそこに居ろ!」
ザガンはきっとついて来ようとするであろうバジラへ先んじて釘打つと彼の姿は瞬く間に林の奥、そして夜闇へと消え失せてしまった。彼が枝葉を薙ぎ倒し突き進む騒音もやがて遠退き、そこにはぽつんとバジラと蛍たちだけが残される。
静寂の中、彼女の前に一匹の蛍がふらり近寄る。すると直後、それをバジラの手が鷲掴みにし口に放り込み噛み締める。ツンと鼻に抜ける青臭さと苦味、ぴりりと舌が痺れる感覚。あまりの不味さに涙目になるバジラだったが、おかげで彼女が覚悟が決まった。
「番が離れたらイミないっしょ!」
そして彼女もまたザガンを追った。
既に里の方では別な喧騒が沸き上がっていた。
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