第3話

 無数の湯が地の底より湧くこの里に於いて最も大規模な温泉を有するのがこの斎屋。更に此処は斎屋でもあり社でもあった。祀るものはかつての世の中を破滅へと導いたという山の神である。

 その斎屋の、常用の湯とは別に社側へ秘匿された湯があった。


 ――秘湯、戒めの煮え湯!!


 水の中でも燃え続けると云う、竜の結石により起こされた火により照らされた漆により赤と黒に染められた一室。まるで綿毛の様に触れる事ができるのではないかと思うほど濃ゆき湯気に満たされたそこに在る、あまりに熱く煮え滾ったその湯に浸かったが最期、穢れに染まった肉体は瞬く間に沸騰し真っ赤に爛れて爆ぜる事になる。


 しかしその火にも等しき熱き湯に肩までどっぷり浸かる者が居た。ザガンだ。彼は煮えてこぽこぽと息をしているかのような熱湯の中で微動だにせず、ただ両目を閉じ瞑想していた。

 既に湯に浸かり始めて半刻! だがそれほどの時間を戒めの湯に苛まれようと彼のその肉体は健在。


 身を締め付ける熱の痛みは無辜なる竜を殺めし自らへの罰。それを理解し、己が内へと受け入れる事で彼の身から竜殺しと言う罪が湯により溶かされ汗となって洗い流されて行くのだ!!


 竜殺しを完遂し、真に男として認められるにはこの湯に浸かり無事でいる事が絶対条件。ザガンはそれを見事に果たしたのである。やがて鐘が鳴り響き、彼はそっとまぶたを持ち上げる。確かな意志を宿した、鋭い眼光放つ黒き瞳がそこにはあった。


 立ち上がる彼の身から流れ落ちる熱湯は罰を終え罪を連れ行く。そして露わになったその傷ばかりの肉体はしかし光り輝く様に潔白であった。屹立する熱より熱き男根はいまだ彼の生命が激しく燃えていることを示す。


 ――みそぎ、完了! 我が心身、一片の曇り無し!!


 悠々と大股で湯を掻き分け進み出て行くザガン。

 眼前に迫る重い戸を広大な両手を用いて押し開けると、彼の前に現れたのは巨大な滝とその滝壺であった。塔のような斎屋の外観に隠されていたのだ。


 湯の熱を孕み、赤くいつまでもその身体から湯気を立ち昇らせているザガンは鬼の様相。敷居を跨ぎ、湯の間より大滝へと彼は一歩踏み込んだ――


「――お待ちしておりました。これより貴殿を真当まこととする最後の儀を執り行いまする……」


 そんなザガンを待ち構えていたのは純白の襦袢を纏った、空色の髪をした女。無論、この里の女性に違わず彼女も竜人であるが他の者と決定的に違う所がある。角と爪、そして尻尾である。


 乳白色をし幾つかに枝分かれた、左右の側頭部より天に向け伸びた角。透き通る白色の爪はその中に何処まで血が通っているのかが一目で分かるほどだ。鱗は白く、しかして光の加減により七色に瞬いていた。


 彼女は淀みの最も浅い箇所に居て四肢を突いて跪き、佇み己を見下ろしているザガンへとその角持ちの頭を深々と垂れた。そして再び持ち上げられたその面には凜々しく美しい、絶世と云って申し分など寸毫も無し。もしあるとすればあまりに美しすぎる故、もし同じく美貌を誇りとするものがあらば申し分充分であろうが……


 肌に、鱗に張り付いてけその色を純白の襦袢に透過させながらやがて立ち上がった彼女は告げ、そうして静かに身に纏うその襦袢をはらり淀みへと落とした。そして広げし両翼の腕! 開帳されし胸部に実るたわわ二つ!! ザガンが燃やせし生命に呼応せり一筋!!


 ――いざやいざ、目合ひまぐわい


「御使いの竜、バジラ!」

「野郎衆新参者しんいり、ザガン!」


 つかまつる!! バジラの青き瞳が一筋の閃光を放った。そしてそれに応えるべく、ザガンの双眸もまた鋭く眩き眼光を閃かせた!!


 二つの肉体がぶつかり合う――!!

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