第9話

 ――繋がった!!


 鋭翔爪の一閃をその身に受け、傷からの熱と痛みを遅れ馳せながら感じ始めるザガン。

 傷は深い! 弾は貫通すれど内臓に及ぶ裂傷は血液を体内側へも奔流せしめ、彼の口と鼻の両方からそれは溢れた!!


「……なんという」


 しかし前のめりに崩れ落ちようとするその身体を、彼はその足で確と踏み留まらせる。傷口と口腔、鼻腔。それらからボタボタとおびただしい量の血液を滴らせながらそれでも倒れず、血で赤く染まりつつある両目はまだシュテンを睨む。鋭さの衰えぬ眼光に射貫かれたシュテンは這い蹲っていた地面より起き上がりながら思わず感嘆を挙げ、鎧の下で涙した。


「なんという強き魂! 天晴れと云わずして何と云う!」


 これで終焉なりっ――真紅のを前にシュテンの涙は止まらず、彼はザガン一人へと諸手の指、合計十本全てを差し向けた。


「気の早いヤツ、だ……」


 それを前にザガンはもはや逃れ得ないものだと悟り、ならばせめて共に打ち砕かれようとようやく使える両手で大太刀の柄を握る。

 そしてそれを持ち上げるべく渾身を込めると傷口から噴水のように血が噴いた。無論激痛も一緒にである。

 しかしそれ故に意識を保つことが出来る。ありがたいものだと彼は歯を食い縛り、大太刀を肩に担ごうとした。だが既に限界の肉体はそれを持ち上げることは出来ても支えることまでは不可能であった。ザガンの身体が揺らぐ。


 ――ザガン!!


 倒れ行こうとするザガンの肉体を、その呼び掛けと両腕により心身共に支えしはバジラ! 彼の背にひしと寄り添い、全面へと回した腕で抱き締め、彼の両脚に代わり彼女の両脚が大地に立つ!!


「バジラ! 良くやった、これでまだ……」

「うんっ、まだ……」


 否! これで終わりなり――共に敵を見据える二人。ザガンは自らの血に、バジラは彼の血に一緒に染まる。

 しかしシュテンは健在。眼前のもののふを前にもはや感銘と涙は止まること無く、ならば諸共と彼は十の閃光で夜闇を照らした!!


 ――ズドム!!


 地上に瞬いた星は巨大な、それは巨大な太陽が如き輝きとなりさく裂する。夜に輝く太陽とはこれ如何に。しかしそれが生み出したる衝撃波地を抉り人を花弁が如く吹き飛ばし、家屋を砂の城のように崩してしまう。


 きらぎらと深い夜を白夜に照らす閃光がやがて夜闇に飲み込まれ、皆の元に現の光景が取り戻された。そこには相変わらず存在するシュテンとザガンにバジラ。そして――


「おお……おおっ! まさか、それがっ」


 合掌していた両手を解き、己が眼前に在るものを垣間見て驚嘆を挙げるシュテン。そしてそれはザガンも同様であった。霞む視界には鮮明さはない。代わりにとバジラがそれの姿を、背中を見据える。


「なんだ……なんなのだ。アレは……アレ、が……?」

「そう、アレが――」


 超高温に曝されども融解せず、外気に冷やされ赤熱した装甲が元の色を取り戻して行く。それは白く、そして碧く、その輝きは何処までも澄み渡り荘厳美麗。碧白の鎧――


 ――エグゾギア!!


 最大威力のシュテンが鋭翔爪を受けながらも健在! あらゆる部位に於いて最も頑強に鍛え上げられた超鋼を有する両腕により必殺を受け止めたそのエグゾギアの暗い双眸が映すは何者か。バジラが語る。


「遙か古に訪れた破滅を封ずるためにその身を捧げし、救世の勇士たちがその威を借りたと云う超鋼甲冑が一つにして、封印を引き受けし眠れる鍵のエグゾギア……」

「ぐぶっ……鍵……一体誰、が」

「あの超鋼が己が主と認めたるは永き世の中にただ一人だけ。そしてそれは今も……けど!」


 血を吐き出すザガンを労るバジラであったが、当のザガンの膝はいまだ屈せず。例え他者の手を借りようとも敵を前に倒れはしない、その強き意志。

 バジラは確信する。そして佇む碧白のエグゾギアを見遣る。


「神武の超鋼よ、其方が主は既に亡い!! けれど、此処に其方に相応しき勇士なら在る!! 疑うならば試して見よ! そして驚くが良い!! この者、ザガンこそが其方を支えし礎となるであろう!!」


 何を言う――ザガンがバジラの叫ぶ言葉に目を見張る。すると彼らの目の前で彼女の声に応えるようにエグゾギアがゆっくりと振り返ったではないか。


「面白い! 待っていてやる!!」


 シュテンは横槍は入れまいと誓うようにその両腕を組み、睨みを利かせつつも沈黙。成り行きを見守る姿勢を見せる。

 その間にも物言わぬエグゾギアが二人へと悠然たる歩みを進めた。


 近寄ってくるそれを前にし、何かを察したザガンは自らを支えていてくれるバジラの手に触れるとそれをぎゅっと力強く握り締め、そして引き剥がした。

 驚くバジラがザガンを見上げる。振り返るザガン。すると直後、彼の唇が彼女の唇へと重ねられる。血に潤った、それでもまだ確かな温もりを宿した唇。


 すぐに離れて行くその温もりに、思わず追い掛けてしまいそうになるバジラであったが、そんな彼女の目には自らを見詰めるザガンの瞳の穏やかさが映る。その瞳が彼女に告げた。


 後は任せろ――


 バジラが肯く。

 彼女の手を離れ一人、自らの力で今一度歩み出したザガン。彼とエグゾギアは運命が惹かれ合うように互いに歩み寄って行く。


 そしてあと一歩で重なり合う。そんな距離で足を止めた両者。そこでザガンは大太刀を地面へと突き立て、そして両腕を広げ胸を開くと血濡れの肉体をエグゾギアの前に曝け出した。血飛沫を吹きながら、叫ぶ!!


「――来るが良い! このザガンが其方を受け入れよう!!」


 本来主を受け入れるべき鎧にかける、ザガンの言葉。まるでそれに応えるようにエグゾギアがその超鋼を開いた――

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