4-4 同化

 眩しい光と共に聞こえてきたのは破壊音。『宇宙人』は中央居住区区へとその魔の手を広げていた。『宙』が強く手を握る。

 中央居住区よりも外側にある居住区の住人たちが大量に避難してきていたシェルターの入り口をこじ開けようとする者もいた。兵士達が何人も集まっているが、キュリオシティの一味だろう。人々を助けるつもりはないに違いない。

 そんな兵士達を軽蔑の目で見ている宇美もまた、人々を助ける余裕を失っていた。


――ねえ


 宇美は頭の中で『宙』に話しかける。


――私の考えていること、伝わっちゃうんだよね。


――全部聞こえるし、見えてるよ。


――じゃあ、私が『宙』に向けている感情が純粋な愛じゃないってことも分かるんだよね。


――分かるけど、でもそんなこと私には関係ないよ。


 『宙』は宇美の手をぎゅっと握り返す。2人は逃げる人々とは真逆の方向へと走っていく。照明が破壊され、火事の炎だけが行く先を照らす。後ろからは兵士達も追いかけてきていた。

 宇美と『宙』は『宇宙人』の目の前まで来た。近くにあるものを燃やし尽くしながら『宇宙人』が這い回っている。一瞬、飛び込むことをためらった。それは他の兵士達も同じだった。『宇宙人』に取り込まれることで永遠を手に入れることが出来るかもしれない。しかしそれと同時に自分の意識は失われてしまうだろう。それは主観的には死を意味する。

 取り巻きの中から飛び出す影があった。宇美が『宙』の手を引き『宇宙人』の内部へと飛び込んだ。飛び込めた者と飛び込めなかった者。宇美と他の兵士達を分けたものは何だったのだろうか。それ一緒に飛び込める者がいたかどうか。たとえ自分の意識が消滅しまうとしても、一緒にいたいと思える人がいるかどうか。違いはそれだけだったのだろう。



 宇美と『宙』が飛び込んだ瞬間、兵士達の腫瘍が動きを止めた。細胞が自壊していく。それを無視して飛び込もうとした兵士は吐き出された。 ずっと侵攻を続けていた『宇宙人』が突如動きを止めた。そのまま数分が過ぎた。人間と『宇宙人』とがじっと何もせずにただ向かい合っていた。後からボンドとキュリオシティも追いついてきた。

 突然、『宇宙人』が後退していく。まるで潮が引いていくように、濃い部分と薄い部分とのグラデーションを引き延ばしながらゆっくりと人類の最後の砦から撤退していく。ざあざあと波の音が聞こえるようだった。波が引いた後には、花が咲いていた。ボンドが近づいて花に手を添える。なぜこんなところに花が生えているのだろうか。『宇宙人』に支配された地域は雑草ひとつ生えなくなると言われていたというのに。

 周りの兵士達が騒ぎだした。ボンドが顔を上げると、そこには草原が広がっていた。破壊されていたはずの照明はすべて直っており、その光によって瑞々しく輝く緑が揺れていた。


「きれいだな……。植物がこんなに生えているのを見るのは初めてだ」


 見たことのない景色に、ボンドは魅了されていた。ずっとコンクリートや鉄に囲まれた生活を続けていたのはボンドだけではない。この地下空間で暮らしている人間のほとんどがそうなのだ。食料生産に関わる一部人間を除き、ジャングルも林も見たことがない。庭がある家などもちろん存在しない。

 1人の兵士が恐る恐る足を踏み入れる。コンクリートではない。土だ。柔らかく弾力のある土が、軍靴を優しく受け止めている。


「これはどういうことだ?」


 ボンドの問いかけに、キュリオシティは突然笑いだした。その声に驚いて、その場にいた全員が彼女の方を向いた。


「こんな簡単なことだったのか! アタシは今まで何をやっていたんだ!」


 キュリオシティは着ていた白衣を脱ぎ捨てた。地面に落ちた白衣は土で汚れてしまった。


「あいつは……宇美は『宙』に愛を与えた。その愛を『宇宙人』本体に持ち帰ったことによって、『宇宙人』は人類に対して愛を返したんだ」


 ボンドは一瞬ぽかんとしたあと、正気に戻って言い返す。


「いくらなんでもそれは単純すぎる。そんな簡単なことなら、何年も前に解決していたはずじゃないか」


「だがやらなかった。人類はやらなかったんだ。銃弾を撃ち込み、魚雷を撃ち込み、ミサイルを撃ち込んだ。それらの代わりに愛を打ち込むことなんて考えることすらしなかったんだ。お前だってそうだろう、ボンド」


 『宇宙人』を倒すことだけを考えて軍に勤めていたボンドは言い返すことが出来なかった。そう言っている間にも、『宇宙人』は撤退を続けていた。それは撤退というより、ただ元いた場所へ帰ろうとしているだけのようにも見えた。戦争が終わったのだと、人々はやっと理解した。突然訪れた平穏に、誰も声を発することは出来なかった。

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