4-5 出発

 その木は世界の中心を示しているようだった。正確には木ではない。『宇宙人』だったものだ。宇美と『宙』。人間と『宇宙人』。2人が融合した『人類的宇宙人』は今、その身体のほとんどを海の中に沈めている。陸上を覆っていたものや、ちぎれて風に乗って空を飛んでいたものたちも、すべて集まって1つの大きな塊になっていた。

 身体の一部を細く長くして、空へと伸びていた。それは雲や大気圏すらも貫き宇宙へと達していた。軍の観測によると、海中にある『宇宙人』の身体の体積が急速に減少しているらしい。減った分の体積は宇宙へと移動しているようだ。空の向こうにある上部構造、海の中にある下部構造、そしてその2つは細い幹のようなもので繋がっていた。宇宙にある『宇宙人』の身体は円盤状に広がっており、地上からみると巨大なきのこか樹木のようだった。

 人類は復興に取りかかっていた。破壊し尽くされた瓦礫を分別し、そこから資源を取り出す。それをそのまま使うのではなく『宇宙人』の元へと届けるのだ。すると何倍にも増幅されて返ってくる。折れた鉄骨を海へと沈めれば、数トンもの鉄鉱石が現れる。質量保存則はどうなっているんだと学者たちは騒ぎ出したが、海底の熱水噴出口あたりから調達しているんだろうという結論に落ち着いた。とにかく『宇宙人』は人類が与えたものに対して何倍ものお礼を返してくる。『宇宙人』と呼ばれていたものは、今では『恵みの木』と呼ばれるようになった。

 初めからこれが分かっていれば、人類はさらに発展できていたのかもしれなかった。発展のために使えたそれを復興のために使うことになってしまった。真っ先に爆弾やミサイルを試したことによって人類は壊滅した。その光景をもし宇宙の第三者が見ていたとしたらなんと滑稽な姿だっただろうか。自分の毒で死んでしまうフグのような、情けない姿だったのだろうか。もちろんまともなフグは自分の毒で死ぬことはない。


 キュリオシティは軍を追われた。反逆罪として死刑になるはずだったが、自分の足で地の果てまで逃げてしまった。軍としても、たった1人を捜索するために何人も動員していられるほどの余裕は無かった。どこかの山の中で人類が復興していく様子を見守っているのだろう。キュリオシティの夢は果たされたのだ。


「人類のためにできることはもうない。これからは自分の名前の通り、好奇心に任せて生きていくことにするよ。アタシの名前が忘れられたころに、研究成果をたくさん持って返ってきてやるよ」


 ボンドにそう言い残して、彼女は姿を消した。

 一方ボンドは、憲兵という立場から人々の生活の立て直しを支援した。彼女は少々世話を焼きすぎる性格なため子供たちからは人気がなかったが、親たちは真面目に治安維持に努める彼女を評価していた。

 忙しい日々だった。地下で使っていた生産設備を修復し、地下を拠点にしながら小規模な街を作り上げていった。小規模だが市場や学校などが立ち並ぶようになった。

 ボンドは空を見上げる。『恵みの木』の上部構造はしばらく見ないうちにかなり大きくなっていた。『宇宙人』から『恵みの木』へ。破壊者から救済者へ。評価が完全にひっくり返ってしまった。いや、人類から『宇宙人』への評価がひっくりかえったのではなく、『宇宙人』から人類への評価がひっくり返ったと言った方が適切かもしれない。

 『恵みの木』の上部構造によって街がすっぽりと影に覆われてしまうようになってしまった。やっとの思いで取り戻した太陽をまた奪われてしまい、腹を立てる人もいた。そう。人類は今、輝く太陽の下で生活しているのだ。まっくらな地下からやっと抜け出すことができたのだ。

 そんな太陽は、今から隠れてしまう。影が街を覆う時間になってしまったからだ。


 だが、今日はそれで終わらなかった。

 地響きが聞こえる。その音は海の方から聞こえてきていた。起こると予言されていたことがついに始まったのだ。

 なぜ『恵みの木』は宇宙へとその質量を移動させているのか。それは宇宙へと飛び立つためだ。完全な生命となった『恵みの木』は、もはや地球に留まっている必要はないのだ。あるいは、あの中に飛び込んでいった2人が自分たちしかいない世界へと飛び立とうとしているのかもしれなかった。だがそれを知っているのはボンドだけだった。

 『恵みの木』の上部構造が十分に大きくなった。このことによって『恵みの木』全体にかかる重力と遠心力が釣り合い、遠心力が勝つようになった。重力は『恵みの木』を下に引っ張る。遠心力は『恵みの木』を上へと引っ張っている。長い長い綱引き勝負はついに遠心力の勝利によって終わりを迎えた。

 何度も避難訓練を繰り返していた人々はすぐさま地下へと逃げ込んでいく。巨大な津波がやってくるかもしれないからだ。ボンドが地下へ続く入り口へと人々を誘導していると、『恵みの木』の巨体が持ち上がり空へと浮かんでいく様子が確認できた。質量のほとんどが上部構造に移動していたらしく、下部構造はかなり小さくなっていた。あれなら津波も小規模か中規模なものに落ち着きそうだ。。街全体が洗い流されてしまうほどではなさそうだ。泥を掃除するのが大変かもしれないが。

 空と海。それぞれに位置していた構造体同士が宇宙空間で融合し、空の彼方へと飛び去っていく。

 最後に地下に入り、ボンドは入り口を封鎖する。その瞬間、街を覆っていた影がさあっと晴れていくのが見えた。青い空が広がっていた。太陽の浮かぶ、青い宙が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太陽の浮かぶ、青い 丸井零 @marui9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ