太陽の浮かぶ、青い

丸井零

第1章

1-1 襲撃

 

 鉄の音が響いていた。黄色がかった照明が不均等に並び、コンクリートや金属の集合体である人類の居住区を薄暗く照らしていた。閉じたシャッター、黒ずんだ室外機、飲食店が営業中であることを表す赤い提灯。それらを横目に見ながら、宇美は長い長い行列に並んでいた。

 その列にいる人々は総じて生気のない顔をしていた。それはまるで、死刑の判決を受ける直前のような形相だった。実際は、ただの食料の配給待ちだ。日によって量が増減するので、もし減っていたら生きていくことができなくなる。そんな恐怖が張り付いた表情なのだ。

 列の前の方で怒鳴り声がした。誰かが割り込まれたようだ。取っ組み合いをしている声が聞こえる。はやし立てるように周りの人間たちが生き生きとし始める。次に、憲兵の笛の音が聞こえた。

 宇美はずっと立ち続けていることに疲れてしまった。椅子を設置して欲しい、と何度も思ったものだ。一度、宇美が折りたたみ式の椅子を持って配給の列に並んだことがあった。それを見て、あっという間に憲兵が飛んできて、椅子を持って行ってしまった。理不尽じゃないかと憤ったが、それを直接ぶつけられるほどの度胸はなかった。憲兵はその椅子をどうしたのだろう。おそらく解体して材料を売りさばいてしまったに違いない。そう思うと、悔しい気持ちがわき上がってきた。


 やっとのことで、宇美の番が回ってきた。

 その瞬間。

 薄暗い空間を引き裂くような騒音が鳴り響いた。いや、これは騒音ではない。警戒警報だ。列に並んでいた人たちは一目散に散っていった。配給係も、すぐさま奥へと引っ込んでしまった。宇美に渡すはずであった物資を置き去りにして。


「ちょっと、それだけでも渡してくださいよ。ねえ!」


 抗議の声は、猛烈な警戒警報の波に攫われてしまった。一帯の照明が赤色に切り替わった。いよいよだ。『宇宙人』との戦闘が始まる。宇美の背がビリビリと痛みを発し始める。手のひらにはべっとりと冷や汗がにじんでいた。


 どこからともなく、兵士と戦闘車両が集まってきた。取り残された宇美には構わず、そのまま駆け抜けていく。警戒警報とは言うものの、前線はもっと先の方に展開されている。ここでぼうっとしていてもあまり危険はないはずだ。

 ここで、宇美の心の中に、無視すべき葛藤が生まれた。宇宙人との戦闘を見届けたい。唐突に現れた強い衝動に突き動かされ、宇美は戦闘が行われている区域へと足を進めた。ついでに、皆が逃げ出した際に落としていった配給物資を拾っておくことも忘れなかった。


 それは戦闘と言うよりは、むしろ消火だった。通路が燃えていた。壁も床も天井も、等しく火の手を挙げていた。地獄への入り口が現実化したような光景に対して、兵士たちは向かい合っていた。誰も逃げるようなそぶりは見せなかった。

 そんな兵士たちを見て、宇美は顔をしかめた。

 燃えさかる炎に対して、大量の水と消火剤が撒かれる。あれだけの量の物質を浴びせられれば、それがたとえ油だったとしても炎は吹き飛ばされてしまいそうなものだったが、『宇宙人』の作り出す炎は特別だった。衰えることはない。

 戦闘車両の砲から、溶解剤の込められたガス弾が発射される。『宇宙人』の一歩手前に着弾し、もくもくとガスを噴出させていく。この溶解剤は、数ヶ月ほど前に開発された人類の新兵器で、『宇宙人』の身体を溶かすことができた。これによって『宇宙人』の攻勢を食い止めることが出来ていた。

 火の手が一瞬弱まった。そこへ、さらに多くの水が放出される。『宇宙人』も抵抗を見せるが、溶解剤の影響で上手く前進できないようだった。空気中の溶解剤が溶け込んだ水を大量に浴び、『宇宙人』は撤退していった。


 しばらくして、兵士たちも撤退した。そこには、完全に焼け焦げ、水によって洗い流されてしまった市場があった。市場だったものがあった。


 宇美は、かつて兵士だった。宇宙人との戦いの中で、最愛の友人を守ることが出来ず、闘う意思と勇気を失ってしまったのだった。

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