4-2 訪問
人民護衛軍本部。地下。かろうじて非常電源が残っているらしく、足下が見えるか見えないかの明かりが灯っていた。人の気配と、うめき声が聞こえる。目をこらすと、そこにはたくさんの鉄格子が見えた。 宇美は研究所を探していたはずだが、間違った場所に来てしまったようだ。ここはおそらく、牢獄。軍にたてついた者、敵前で逃亡した者、そうした人たちがここに囚われているのだ。
「誰だ……!?」
一番近くの部屋から男の声がした。
「あ、私は通りすがりの者で、何もしないですよ」
「看守が誰もいなくなった。一体何が起こっている」
「『宇宙人』が攻めてきてるんですよ。中央区ももうじき陥落です。だから逃げちゃったんじゃないでしょうか」
男は絶句してしまった。
「おい、その声は宇美か……?」
「ボンド?」
男が囚われていた部屋の3つ隣から聞き覚えのある声が聞こえてきた。宇美は身体の向きを変えてその方向へと向かう。『宇宙人』の襲撃を告げられた男は、そのまま放心してしまっていた。
「なんでここに?」
「『宙』のことで、軍の方針に反対したんだ。そしたらこの様だ。情けない」
「反対しなきゃいけない何かがあったんだ」
「『宙』を使って『宇宙人』の研究をしようとしていた。細胞の培養器として使うと言ってな」
「誰が主導していたの?」
「推測だが、おそらくキュリオシティだろう」
「どこにいるか分かる?」
「もちろん。助けに行く気なのか。なら地図でも書いてやろう」
「いや、ここを開ける」
そう言って宇美は鞄の中から液体の入った瓶を取り出す。その瓶は青く透明な液体で満たされている。 南京錠にその液体を振りかけると、ぶくぶくと泡を立てながら金属が溶けていく。
「どうしてこんなものを?」
「逃げ回っている間に見つけたんだ。じゃあ案内してくれる?」
久しぶりの再会を懐かしもうと思っていたボンドは、宇美の態度に眉をひそめた。
宇美は気が焦っていた。ついに『宙』に繋がるヒントを見つけたのだ。宇美の頭の中では、旧友であるボンドを助けることが、『宙』を助けるための手段へと成り下がってしまっていた。
「一旦落ち着いた方がいい。宇美が今からやろうとしているのは反逆だ。下手に動いて捕まれば殺されるんだぞ」
「ごめん、ありがとう。でも、もう反逆罪にはならないと思うよ」
「なぜだ?」
「軍が、もっと言えば人類そのものが壊滅してるし、『宇宙人』側に付く人間まで現れ始めてる」
そんなわけが……!とボンドが言いかけたところで2人は地下牢を脱出した。
軍の研究室から50メートルほど離れた地点。ここの地下に、キュリオシティ専用の実験室があった。
宇美はインターホンを押した。
「律儀だな」
「ここまできたらもう隠れる必要も無いかなって」
ぴっという電子音がして、聞きなじみのある声がする。
『誰かと思えば、懐かしい顔ぶれだな』
あざ笑うような声が、インターホンのマイクを通して響いてくる。
「開けて欲しい。要件は、伝えなくても分かると思う」
「嫌だと言ったら?」
「ここにボンドがいる理由を考えてくれれば、話は早そうだけど?」
「……」
ガシャン、という重たい音と共に鍵が外れる音がした。
宇美達が地下へ入っていくと、その先にさらに扉があった。何センチもの厚さがありそうな重厚な扉だった。
「キュリオシティ、もう終わりにしよう」
「外の鍵は開けてやったんだ。後は自分の力でやってもらおう。愛する人を救うための最後の試練だ」
扉の側面に備え付けられたスピーカーからは、
くっくっく、と押し殺すような笑い声が扉の向こうから聞こえてくる。
宇美は再び青い瓶を取り出した。少しずつ、扉に液体をかけていく。
「足りないんじゃないか?」
「調合すればいいから、大丈夫」
それからしばらく、密閉された空間の中で、金属が溶ける音だけが聞こえていた。
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