第4章

4-1 疑念


 辺り一帯が赤く染まっていた。照明は全て破壊されていた。本来、照明を消せば完全な暗闇が支配するはずだ。そんな暗闇を吹き飛ばしてしまうほどの炎が、あちらこちらで立ち上っている。

 パチパチと火が爆ぜる音、爆発音、兵士たちの怒声。それらが複雑に混ざり合った音の津波が、宇美の鼓膜を刺激する。ざあざあという音に聞こえるような気がした。

 宇美は腕の中で別の生物がうごめいている感触を感じる。少しくすぐったいような、かゆいような感じだった。意外と悪い物ではない。腫瘍でしかないのだが、でペットの様にも思えた。


 ほとんどの通路に、『宇宙人』が横たわっている。河川氾濫によって街が浸水した瞬間に時間を止めてしまったかのような見た目をしていた。緑色のような、黒いような、そして少し透明だった。ゆっくりと動いているのに、濁流のような勢いを感じた。『宇宙人』は既に道の大半を占拠してしまっている。道路の端にいる人間には、もう興味が無いようで、何も攻撃してこない。人間側も下手に刺激しないように、ゆっくりと避難をしている。 舞い散る火の粉を手で払いながら、宇美は走っていた。アートは自分のシェルターに籠もることを選択したので、そこで別れることになった。


 『宇宙人』を撃退する有力な方法の1つに、「切断」がある。これは『宇宙人』の攻勢が激しいときに使用される戦術だ。攻勢をかけている時の『宇宙人』はとてつもない勢いで前進してくる。その結果、地上にある本体との連絡線が手薄になってくる。そこを爆破して切断してやることで、侵攻を止めるのだ。今回もそうなるだろうと思われていた。しかし軍隊は初動で遅れてしまった。気がついた時には、人類が地下に張り巡らせた通路の全てを『宇宙人』が占拠してしまっていた。どこを切断しても、他の連絡線があるため、『宇宙人』を追い返すことは不可能な状態に陥ってしまった。

 こうなった時、人類はどうするのか。『宇宙人』の気が済むまで隠れているしかやりようは無かった。軍にいたアートはそれを知っているから、シェルターに篭もり続けることを選択したのだ。


 しかし宇美にはすべきことがあった。そのために、『宇宙人』の腫瘍を体内に宿すことすらためらわなかった。今更『宇宙人』の攻勢など、ただの舞台装置でしかなかった。

 宇美にとっての一番の懸念は、どのように軍の研究室へと侵入するかだった。沢山の警備を乗り越えていく必要がある。だがこのような状況ならば警備などしている余裕はないだろう。好都合だった。『宇宙人』と共に、軍の本部へと乗り込んでやればよい。宇美の頭の中からは、人類の存続などといったお題目はすっかり追い出されてしまっていた。どうやって『宙』を救い出すか、ただそのことだけを考えていた。その結果、『宇宙人』の大攻勢は好機だという結論に達したのだった。



 乗り捨てられていた自動車や戦闘車両を拾っては捨てを繰り返しながら、ようやく中央居住区へとたどり着いた。

 この地区にはまだ『宇宙人』の魔の手は及んでいないようだった。人々は既にシェルターへの避難を済ませたのだろう。一般人はほとんど見られなかった。ただ、逃げ遅れたと見受けられる人間がぽつぽつと点在していた。

 宇美が気になったのは、兵士達が1人もいないことだった。ここは最終防衛ラインだ。ここで勝てなければ人類は終わりだ。それなのに街を守る意思を感じられなかった。まるで既に滅んでしまっているようだった。

 人民護衛軍本部の建物が見えてきた。あそこに、人類の抵抗の手段の全てが詰まっている。

 その時、声をかけられた。腕がぞわりとした。


「おい、そこで何をしている!」


 宇美を呼び止めた男は、憲兵服を着ていた。面倒だなと思ったが、答えることにした。


「私もかつて軍属だった人間だ。戦友のことが心配だから避難せずにここにいる。なんなら闘う覚悟だってある」


「心意気は立派だが、兵士が一人増えたところでどうにかなる状況ではない。帰った方がいい」


「いいえ、戦力は一人でも多い方がいいはずです」


 宇美は適当な言葉を並べ立て、どのようにして乗り切るかを考えていた。しかし、宇美は会話を続けながら、何か違和感を感じていた。この違和感は宇美が生得的に身につけていたものではなかった。自分の腕をちらと見下ろす。どくどくと波打っているのを感じる。こんなに激しく動いているのは珍しかった。ずっと走ったり歩いたりしたから、腫瘍が息切れしてしまったのだろうか。それとも、『宇宙人』に関係する何かがここにあるのだろうか。

 そこまで考えた瞬間、宇美は腰に隠していた拳銃を撃った。

 憲兵も同じようにしようとしたが、宇美の方が少し早かったようだ。

 弾は憲兵の右腕に命中した。腕を押さえてもがいている。そこから赤い血が漏れる。それと同時に、緑のような、黒っぽいような液体も同時に流れている。


「もしかして『宇宙人』の腫瘍を……?」


「それはお前もだろう……!!」


 憲兵は痛みに歯を食いしばりながら、宇美に向かって言葉を放つ。


「志を同じくする仲間ではないのか!なぜ俺を撃った!」


「なんのことかわからない。本当にわからない」


「本当に言っているのか」


「さっきも言ったけれど、私は友達を助けるためにここにいる。その為に腫瘍を入れた。あなたたちは何のために腫瘍を入れているんですか」


「仲間ではないのなら、答える必要は無い」


「そうですか。私も尋問とかしてる時間は無いので」


 宇美はうずくまる憲兵の側頭部を蹴り飛ばし、気絶させた。一体何が起こっているのだろう。『宇宙人』の大攻勢とさっきの憲兵の言葉。この二つは繋がっているのだろうか。

 『宇宙人』と同化しようとする勢力が軍の中にある?

 そんな考えが一瞬浮かんだが、それは恐ろしいことだと、頭の中から振り払った。それでも、完全に打ち消すことは出来なかった。

 宇美は人民護衛軍の本部へと足を進める。

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