第39話 焼き芋2

「何言ってんですか!」


「……まさか、子の作り方を知らねぇってことはないよな……?」

「はぁ!? ってか、酒臭いしっ! 近づかないでくださいよっ!」


 顔を顰めて、どん、と肩を小突かれる。

 まったく、こいつは年上で、しかもあに弟子をなんだとおもっているのだ。おまけに、今では大口の客だぞ、と口をへの字に曲げると。


小夏こなつさん。……その、いままでも、あんまり、ちゃんと〝月のもの〟が来たことないらしくて」


 がさがさと焚火たきびを棒でつつき、伊織いおりはぱちぱちと煙を上げて燃える様を眺めている。


「たぶん、五十鈴屋いすずやさんで、あんまりいいもの食べてなかったこともあるんでしょう」

 言われて、思い出す。


 そうだ。

 初めて千寿堂せんじゅどうで小夏を見た時、「まるで子どもみたいだ」と驚いたのだ。


 伊織からは、同い年だと聞かされていたが、腕も足も細く、頬は若干こけてさえいた。髪の色つやも悪く、なにかあれば、きょときょとと瞳を不安げに彷徨わせる子だった。


(……確かに、あれでは、月のものは、定期的にこんだろうな……)

 湯呑を持っていない方の手で、ざらり、と顎を撫でた。


「おまけにほら。月のものが来たら……。女性は、数日休むじゃないですか。それを、五十鈴屋の女将がえらく嫌味をいったり、叱ったりしたそうで……」

 ほう、と伊織は白い息を漏らす。


「定期的に来ない方が楽だ、とさえ思っていて……。だから、余計に、来なくなっちゃったんでしょうね」


 心理的なものもあった、ということだろう。

 本来、来て当然のものを、疎ましく、そして恐ろしく感じていたのだろう。「また、叱られる」「まだ、怒鳴られる」と。


「最近は、ひさしぶりに来たそうで。ちょっとお店の方をお休みしてたんですよ」

「どうりで」

 鳩羽はとばは目をぱちぱちと瞬かせた。


 いつも水茶屋を仕切っているのに、珍しく伊織が出張でばっているとおもったのだ。理由はそれだったらしい。


「本人も、すごく気にしてますから」

 じろり、と伊織が睨みつけてくる。


「小夏さんの前で、子だの、なんだの。口が裂けても言わないでくださいよ。承知しませんからね」

 はいはい、と苦笑した。子煩悩ならぬ、妻煩悩の夫だ。


「それに、別にぼくは、子どもなんてどうでもいいんです」

 かさかさと灰を崩し、芋の様子を眺めながら伊織は言う。その表情は、本当に関心なさげだ。


「千寿堂の養子ですから。もう、血は絶えてますし。ぼくになんかあれば、またどこかの職人を探して看板を継いでもらったら、千寿堂のお父さんには顔向けができるでしょう」


「まぁなぁ」

 ごぶり、と一口飲むと、ちらりと伊織が視線を向ける。


「……なんでい」

「鳩羽さんは、こうやってぼくの話を信じるのになぁ」

 口をとがらせ、不満顔だ。


「小夏さんは、ぜんぜん信じてくれないんですよ。ぼくが、彼女に気を遣って『こどもなんていらない』って言ってると思ってるんですよね。それでまた、あれですよ。『すいません』、『ごめんなさい』が始まって……」


 目に浮かぶようだ。

 外見は随分と変わり、あの大通りでも評判の美人に小夏はなったが。


 性格は、そうすぐには変わらないだろう。

 しいたげられ、否定され、暴力を振るわれていたのなら、なおのことだ。


 自分が悪いから、こうなるのだ。

 根柢のところでそう思ってしまう。


 いくら他人が、違う、あなたのせいではない、と言い続けても、心は追い付いてこないものだ。


「……めんどくせぇ、とか、ならねえか?」


 ふと、尋ねた。


 この結婚を、押し付けるようにして進めたのは鳩羽だ。


 あやかしたちから噂を聞き、伊織には良いだろう、と感じた。

 伊織も気に入り、暮らしてみたものの。

 扱いづらい嫁、だったのではないだろうか。


「まさか」

 伊織はわずかに目を見開き、それから冷淡に吐き捨てた。


「五十鈴屋は滅べ、とは思いますがね」

 小さく噴き出すと、伊織も苦笑いを浮かべる。


「どうにもぼくは、小夏さんに信頼されていないのでしょう。だから、彼女も否定するのかも」


「……まぁ、そんなこともないんだろうが」

 慰めてやろうと、声をかけると、「鳩羽さん」と名を呼ばれる。


「おう」

「小夏さんって、めちゃくちゃ可愛いですよね」


 おもわず言葉を失って、伊織を見る。いたってまじめで、いたって真剣だ。


「毎日、そう言っているのに、かたくなに否定するんですよねぇ。

 ぼく、これでも審美眼はしっかりしているほうだとおもうんですよ。

 主菓子も、それから、ほら。夏に作った錦糸寒きんしかん。あれなんて、帝都じゃ馬鹿みたいに重宝されましたからね、宝石のようだって。そんなぼくから見て」

 伊織はふくれっ面で、芋を転がす。


「小夏さん。かわいいし、最近はきれいだともおもうのに、ばっさり否定されちゃってもう……。これって、ぼくが信用されてないんでしょうかね」

 棒に芋を突き刺すと、ぞんざいに、「はい。焼けましたよ」と鳩羽に差し出した。


「……お前……。変わったなぁ……」

 ようやく口から洩れたのは、そんな言葉と、笑い声だ。


「はぁ? ぼくは変わりませんし、鳩羽さんはもっと住職らしくなったほうがいいですよ」


 じろりと睨んで伊織は言うが。

 いやいや、と首を横に振って見せる。


 変わった。

 あの、人嫌いで、親に捨てられたと泣いて。


 なにもかもをあきらめたような顔で過ごしていたあの男が。


「かわいくてきれいな嫁さんをもらったら、こんなに変わるもんかねぇ」

 にやにやして言うと、棒ごと芋を押し付けられる。


「ぼくは変わってません、って」

 言い捨て、ぱんぱんと裾や肩に散ったらしい灰を叩いた。「まぁ、でも」。ちらりと鳩羽に視線を向ける。


「小夏さんを紹介いただいたことには、本当に感謝してます」


 わずかに。

 ほんとうに、わずかに、頭を下げる伊織に、鳩羽は笑う。

 まぁ。自分をぞんざいに扱うところは、変わっていない。


「末永く幸せにやんなよ」

「言われなくても」

 伊織は目をすがめて言うと、さっさと焚火を後にする。


 千寿堂に戻るのだろう。


 小夏が待っているから。


 鳩羽は、そのふたりの姿を想像しながら、ぐびり、と幸せな気持ちで酒を飲んだ。


                番外編 焼き芋 了

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

和菓子屋千寿堂繁盛記 恋は甘い菓子のように 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ