全く……仕方ない奴だな
ガチャッ!!
玄関のドアが、勢いよく開けられる。
「いらっしゃい、待ってたよ真珠❤」
「今日は、お世話になります」
私服の天藍が出迎えてくれる。
この一連の流れに、ドキッとしてしまった自分がいる。
一緒に住める状況……例えば、夫婦になれば、こういう事を当たり前の様に毎日できるのだろうかと。
「な~に改まってんの、別に初めて来るわけじゃないのに!」
「いやでも、泊りってなると……なぁ?」
「あはは、そうかもね! さ、入って入って!」
天藍に家の中へと手招きされて、中へと入る。
他人の家の匂いっていうのは、何度お邪魔しても慣れないものだ。
ましてやその家に、日付が変わろうと居続ける事になった今の状況を考えると、緊張が鳴り止まない。
体から出て行きそうな程、脈打っている心臓。
それを落ち着かせようと深呼吸する。
吸い込んだ空気の匂いで、余計に心臓が飛び跳ねた……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
天藍と別れた後の帰り道も、家に着いてからも、そしてここに来るまでもずっと引っ掛かっていた石宝先輩の事。
何か裏があるんじゃないかと思っていたが、考えれば考える程、石宝先輩の事は理解できないからと吹っ切れる事にした。
天藍と二人きりの時間が、いつもよりも長い。
石宝先輩はここには居ない。
それだけで良いじゃないか。
「お腹一杯だねぇ~」
「あぁ。天藍の手料理、凄く美味しかった」
「ふふ~ん、そうでしょう!」
夕食後、二人でソファーに隣り合って座っている。
肩が触れ合うくらい密着している。
普段から手を繋いだり抱き着かれたりしているのに、この二人きりの空気のせいか、いつもよりソワソワして落ち着かない自分がいる。
天藍もそうなのか、指をモジモジさせていた。
「あ、えっと、私ちょっと飲み物取って来るね!」
「あ、あぁ、分かった」
ぎこちない会話を交わしていく。
もう20時を回った。
寝るにはまだ少し早い時間だろうか?
他人の生活時間なんて分からないので、どうとも言えないが、一つ分かる事がある。
きっとこれから俺と天藍は、文字通り一つになるんだと言う事。
前に言っていた天藍の発言と、今日の泊りの誘い……この二つを並べて感づかない程、奥手な俺もそこまで鈍感じゃない。
けどやっぱり、分かっているからこそ緊張の糸が切れない。
「おっ待たせ~」
戻ってきた天藍は、飲み物の入ったコップを俺に手渡し、自分はタンブラーの様な物を手にしていた。
「私さ、毎日食後にこのプロテイン飲んでるんだ! 肌に良いし、健康にも良いって若い子に人気なんだよね!」
「へぇ~、そんなのもあるのか」
ごくごくと喉を鳴らしている天藍。
俺も、手にしていた飲み物を口にした。
「あのさ真珠。私、ずっと思ってた事があってさ」
天藍は、おもむろに口を開いた。
「高校卒業したら、すぐには無理だけど……二人で暮らそ?」
「えっ、二人で?」
「うん。お金貯めて、家を借りて……二人だけで一緒に、さ」
天藍は、俺との事をそこまで考えてくれていたのか。
不思議だ。
前に石宝先輩に似たような事を言われて迫られた時には、ただ怖いとしか思わなかった。
それが原因で、俺は距離を置いたのに……天藍からそう言われても、不思議とあの時と同じにはならない。
それよりも、嬉しいという気持ちが勝っている。
心から好きだと思える相手が言う事だからかもしれない。
それでも良い、天藍とならこの先もずっと一緒に寄り添っていける……そう思える。
「ははっ、まぁその内な? ……天藍?」
「……んぅ」
横を向いて天藍を見ると、俺の肩に頭を置いて寝息を立てていた。
「全く……仕方ない奴だな」
天藍の寝顔を見て、緊張の糸が切れた。
まぁ、先を急ぐ事も無いだろう。
目を覚ました天藍がどんな反応をするかは、大体の察しは付くが。
起こさない様に天藍を横にする。
「さてと、天藍の部屋まで連れて行った方が良いよな?」
やった事なんて無いけど、言う所のお姫様抱っこで連れて行くしかない。
天藍の部屋の場所は分かってる、2階じゃないだけ助かった。
そっと天藍を抱きかかえようとした――――――刹那。
「二人の時間は、満喫できた?」
「!!??」
二人しかいないはずの空間。
問いかける様に聞こえた声。
見なくたって分かる……声の主が誰なのかくらい。
――――――嫌でも分かってしまう。
「なんで、石宝先輩が……」
「うん? 自分の家に居るのは、別におかしい事じゃないでしょ? ふふっ、変な真珠君❤」
俺がおかしいと笑う石宝先輩が、リビングの出入り口付近に立っていた。
いつの間にそんな所にいたのかさえ分からない。
それ以前に、いつから家の中に居たのかさえ……。
「お願い、ちゃんと守ってくれたんだね❤」
「……お願い?」
「うん❤家に泊りに来てってお願いしたでしょ? ちゃんと来てくれて嬉しいなぁ❤」
また、話が噛み合わない。
俺は天藍に誘われて来たんだ。
決して石宝先輩のお願いで来たわけじゃ……。
「ねぇ真珠君。変だと思った? 私が何か企んでるとか、思わなかった?」
「っ!? ……そんな事は」
何もかもお見通しと言う風に話す石宝先輩に、動揺を隠す様に強がりを見せる。
けど、いつだって予想の上を行くのは石宝先輩だった。
「ふふっ❤そうだよね? だって、私がこうなる様にしたんだから」
「何、言ってるんですか……意味が分かりません」
「だからね? 私が家を空けたのはわざと。……天藍が真珠君を家に呼ぶ様にするため」
近づいてくる石宝先輩。
声を上げたいが、天藍が起きてしまったら、また前の様な事になる。
「その子に分からせてあげようと思ってね?」
俺の前で止まった石宝先輩。
そして、顔を俺に近づけて言った。
「真珠君が、誰の恋人なのか……ね❤」
言い終わるのと同時に、石宝先輩が――――――俺に唇を重ねた。
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