条、件?

 押し寄せた怒りが、引いていくのが分かる。

 代わりに今度は、背筋が凍る様な、冷たい何かを感じている。

 恐怖……とはまた違う、それ以上の何か。


 「大事な話……でしょ❤」


 もうダメだ。

 この人には、何を言っても無駄なんだ。

 まるで会話が成立していない……。


 「……もう、帰って下さい……」

 「まだ、返事貰ってないよ?」

 「もうっ、もうやめて下さい!! さっきから言ってるじゃないですか!? 俺は天藍と付き合っているんです!! この前会った時にも言いました……なのに何で……!?」


 背筋から体全体に広がっていく何かを誤魔化すのと同時に、石宝先輩に向けて声を荒げる。

 ずっと微笑みを崩さなかった石宝先輩が、今度は困った様な表情をして、俺に言った。


 「私もそれは知ってるって言ったよ? 真珠君とあの娘の関係が、私達と同じ関係だって事」

 「何を、言ってるんですか……同じって」

 「同じだよ。真珠君とあの娘は恋人……私と真珠君も、恋人だよね❤」

 「……」


 開いた口から言葉が発せられる事は無く、口に食べ物を運んでもらうのを待っている人の様に、そのままの状態で立っていた。

 絶句。

 簡単に説明するならその言葉が当てはまる。


 「確かに二人の事は理解したよ? けどね、真珠君」


 目を会わせない様にそむけていた顔を、石宝先輩の方へと向けていく。

 ダメだと抑える理性も働かない。

 石宝先輩の次の言葉を受け止める様に、真っ直ぐに二人の目線が……重なった。


 「私から一言でも、別れるなんて言葉……聞いたかな?」

 「なっ、ん……」


 喉に引っ掛かりができている。

 上手く喋れない。

 その間にも、石宝先輩は俺に言葉を投げかけてくる。


 「真珠君が私と距離を置いていた事は、私が悪いって分かったよ? でも、だからって私、真珠君と別れようなんて思ってない。寧ろ今まで離れていた分の時間を取り戻さなきゃ❤……あっ、そっか! それだとさっき言った付き合ってって告白はおかしいよね? だって別れてないのに付き合うって変だもんね! ごめんね、私変な事言ってたね? 初めて真珠君の家にお邪魔させてもらって興奮してたのかな❤」


 息継ぎもほとんどせずにそう言い切る石宝先輩。

 話の後半に差し掛かった所で、俺の脳は爆発寸前だった。

 頭の左右がズキズキと交互に痛む……頭痛もしてきた……。


 「それで真珠君、返事は?」

 「あ……ぁの……」


 息苦しい。

 頭が痛い。

 体が寒い。

 こんな、こんなの……嫌だ。


 「……帰って、下さい」

 「うん? どうしたのかな? まだ返事を聞いてないよ?」

 「お願いですから、もう帰って……俺達には、もう関わらないで下さい……お願いしますから」


 膝をつき、唇を噛みしめながら、石宝先輩に許しを請う様に祈願する。

 ここまでやってダメなら、もう、どうすればいいのか俺には分からない……。

 考える時間も無ければ、実行に移す事も、俺にはできない。

 ただひたすら石宝先輩にこの願いが伝わるのを祈る事しか……今の俺には……。


 「真珠君」

 「っ……は、い」

 「そこまで言うなら、分かったよ」

 「えっ……じゃあ!」


 その言葉に、どれだけ救われたと思ったか。

 その瞬間だけは、俺は神様の存在を信じていた。

 ……その瞬間、時間にしてもたった数秒の……その瞬間だけは。


 「但し、条件があるの」

 「条、件?」

 「うん❤私からのお願いを、三つ聞いてくれないかな? そのお願いを聞いてくれれば、金輪際、二人の邪魔はしないよ」


 怪しすぎる石宝先輩の提案。

 仮にその話に乗った所で、本当に平和な今後を送れるかの確証も無い。

 それに、そのお願いとやらが、天藍に危害を加える様な事だったら……。


 「どうするの? お願い、聞いてくれる?」

 「……俺、は」


 天藍に、危害を……そんな事は、させない。

 俺が天藍と、俺達二人のこれからを守る。

 天藍には、笑っていてほしいから。

 傍ですっと幸せでいてほしいから。

 だから……。


 「約束、ですよ。そのお願いを聞いたら、今後は何もしないって」


 だから俺は、乗った。

 怖いほどの笑顔を浮かべる、


 「うん❤約束、だね❤」


 石宝先輩のお願いとやらに。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 窓際に位置する自分の席から、窓の外を眺めている。

 毎日の日課の様になってしまったこの行動に意味なんて無い。

 ただ、こうしてると落ち着いた。


 「真珠!」

 「えっ? うおっ!?」


 名前を呼ばれて振り返ると、天藍の顔が至近距離にあって驚いた。

 天藍の眉間には、わずかながら皺が寄っている。


 「ビックリした……どうしたんだよ」

 「それはこっちのセリフ! さっきから呼んでるのに、全然返事しないし振り向かないし!」

 「えっ、あぁそうだったか。ごめん!」

 「もうっ! ……なんかあったの?」


 心配した表情で俺に問いかけてくる天藍。

 そんな顔するなって、言えたりすればカッコいいんだろうが……生憎俺はそんなキャラでもないし、相談できる内容でもない。


 「なんでもないよ。退屈でボーっとしてただけ」

 「ホント? ていうか、退屈って! 私の相手すればいいでしょ!」

 「だ、だからごめんって!」


 教室の端でいちゃつく俺達。

 傍にいるクラスメイト達からの、帰ってからやれと言わんばかりの視線には、慣れない。

 言い出しっぺは天藍なのだから、俺にまで視線を向けるの勘弁してもらいたい……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 放課後、今日は久々に一人で下校する。

 ここの所、ずっと天藍と帰っていたから懐かしく感じる。

 天藍は久々に友達と帰るらしい。

 俺と付き合ってからずっとべったりで付き合いが悪いぞと言われたらしく、まぁそれには一理あると思って、俺からもそうした方が良いと念を押した。

 友達付き合いも大事だ。

 そんなわけで、天藍はいわゆる女子会ってやつに行った。

 そして一人帰る俺が、これから向かうのは自宅じゃない。

 なら何処へ行くのか?


 「……」


 立ち止まったそこは、見覚えのある家。

 インターホンを押そうと、指を突き出した時。

 ガチャッ。

 ひとりでにその家のドアが開いた。

 ドアを開けたであろう人物と目が合い、中から俺に笑みを投げかける。


 「いらっしゃい❤待ってたよ、真珠君❤」


 恋人である天藍の……そして俺がこの場にいる、事の発端である人物……石宝先輩の家に……俺は訪れた。

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