そんなの、いいですから

 今日は楽しかった。

 天藍との初めてのデートは、天藍に付いていくだけのものだったけど、それでも俺も天藍も、確かに楽しいと思えていた。

 その時間もすぐに終わりを迎え、家に着いた事を二人してメールで送り合うという微笑ましいやり取りさえしていた。

 今日は気分良く、良い夢が見られそうだ。

 ……さっきまでは、そう思えていたのに……。


 「どうかしたの?」


 どうして、ここに、いるんだ。

 なんで、俺の家の前に、立っているんだ。

 何故、なんだ……。


 「どう、して、ですか」

 「何がかな?」

 「ぁの、なんで、俺の家……」


 目の前に立つ人は、幻想なんじゃないか。

 だって、こんな所にいるはずが無いんだ。

 否定しようにも、確かに今目の前に立っている人は……


 「ん? あぁ❤……付いて来ちゃった❤」


 紛れも無く、石宝琥珀という人間だった。


 「ついて、えっ? 何ですか?」

 「今日は天藍とずっと一緒で楽しそうだったね? 私の時よりも楽しそうに見えたのは……気のせいかな?」


 まさか、嘘だろ。

 石宝先輩は、今日ずっと……まさか。

 そう言う事だと、脳が理解した。

 同時に、石宝先輩のその異常な行動に怖くなり、ドアを閉めようとした……が。


 「なっ!?」

 「酷いなぁ~真珠君。急に閉めたりしたら危ないよ?」


 途中まで動いたドアは、隙間に差し入れてきた石宝先輩の足によって止められた。

 更に手でドアを無理矢理にこじ開けてきた。


 「か、帰ってください!? 手を離して?!」

 「話があってきたんだよ❤とっても大事な話❤」

 「話なんて、俺にはありません! だから」

 「良いのかなぁ? そんな事言って?」


 ドアの向こうから、石宝先輩がズイッと体を前屈みに乗り出してきた。

 唐突に近くなる距離に後退った俺は、掴んでいたドアノブを離してしまった。

 引く力の無くなったドアは、完全に開ききってしまった。


 「真珠君の家、とっても立派だね❤……ねぇ、写真撮っても良いかな? それとも、二人でツーショットが良いかな? それが良いね❤」

 「!!? 脅す気……ですか」

 「うん? 何の事かな?」


 分かっていてとぼける石宝先輩。

 今、話を聞かずに石宝先輩を追い返したら、その写真を天藍に見せつけて、ある事無い事吹き込むつもりだ……。

 ニッコリと微笑んでいる、目の前に立つ石宝先輩ならそんな事をしてもおかしくない。


 「……何ですか、その話って」

 「聞いてくれるの? ありがとう、やっぱり真珠君は優しいね❤」

 「そんなの、いいですから」

 「でもここじゃ話しにくいなぁ~。……上がっても良いかな?」

 「!!?」

 「今って家に誰も、いないよね❤」


 この人は、どこまで……。

 震える手で、来客用のスリッパを置いた。

 その震えが、恐怖から来るものなのか、それとも怒りから来るものなのかは正直分からなかった。

 ただ、一刻も早く帰ってほしくて……俺は石宝先輩を、家に上げてしまった……。


 「ありがとう、真珠君❤」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 石宝先輩をリビングまで通して、投げかける様に聞いた。


 「話って、なんですか」

 「せっかちさんだね、真珠君。でも、そんな所も可愛い❤」

 「ふざけないで、下さい。俺と天藍の後を付けてきてたんですか。俺の家まで……こんなの、間違ってます」


 石宝先輩と目を会わせない様に話す。

 それでも注意は怠らない。

 ストーカー紛いの行動をしでかした石宝先輩の動きを見張っていなければ、次に何をされるか分かったものじゃない。

 最悪の場合を考えて、すぐに助けを呼びに行ける様に、俺は部屋の出入り口付近に立っている。

 勿論、そうならない事を願うが……。


 「間違ってるかな? 私は今でも真珠君の事が好きだよ❤好きな人の事を知りたいって思うのは、間違った事じゃないよ?」

 「そうじゃ、なくて……それに、好きって……」

 「うん好きだよ、大好き❤」


 合わせていない目線の端で、石宝先輩が微笑んでいるのが分かる。

 体が震えるのを、必死に耐える。

 弱みを見せれば、その瞬間に付け込まれてしまう……そう考えずにはいられない程、石宝先輩と二人だけのこの空間は、息苦しいものだった。


 「やめて下さい、そんなの。俺は、天藍と付き合っているんです」

 「分かってるよ?」

 「分かってません。分かってたら、そんな事、言いません」


 親に口答えをする子供の様にしか見えない反論をする俺。

 そんな事を言われても、石宝先輩は微笑むを崩す事は無かった。


 「もう、こんな事は止めて下さい。勝手に距離を置いた俺が悪いのは分かってます。……けど、そのせいで天藍のまで迷惑を掛けたく無いんです」

 「……」

 「俺、今日一日、天藍と一緒にいて気づいたんです」


 何でこんな事、早く気づかなかったんだと思った。

 気づいたらその瞬間、心が満たされていた。

 俺は、もうとっくに天藍が……。


 「好きなんです、天藍が……付き合い始めてから気づく様な事じゃ無いかもしれないけど……好きだって気づいたんです」

 「……」


 奥手な俺が、ここまで言葉にできたのも、本当に好きだと思える相手だから。

 天藍だから、この言葉にも感情にも、嘘偽りは無く、そう言いきれた。

 天藍には負担を掛けたくない……だからここで、石宝先輩とは完全に別れを告げる。

 あの日は曖昧に別れたけど、今ここで、ちゃんと別れを。


 「私はね、真珠君」


 石宝先輩が口を開いた。

 表情は変わらない。

 張り付いたように、微笑んだまま。


 「貴方が大好き。他の誰よりも……天藍よりも」

 「っっ!?? だから石宝先輩! 俺は天藍が」

 「だからね」


 今の話を聞いても、俺が好きだと言う石宝先輩に多少の怒りを乗せて口を開こうとした俺の言葉は、石宝先輩の一言で……散っていった。


 「私と、付き合って❤」

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