どこも変じゃないよ、似合ってる
石宝先輩との再会を果たしたその日の帰りは、いつになく重い足取りでいて、家までの道が遠く感じられた。
天藍が「また明日ね」と言っていた声が聞こえたのに、振り勝って言葉を返す事もできなかった。
家に帰ってからも気分は沈んだままで、ただ嫌な夢を見ない様にと祈るだけだった……。
「はぁ……」
また、溜息を吐く。
あれから数日経ってからの休日。
こんなにも青空が広がっていて晴れやかな天気だと言うのに、俺の気分はそうでもない。
人が多く行きかう場所に、微動だにせず立ち尽くしている俺。
天藍との待ち合わせに、少し早く着きすぎてしまったようだ。
家に居ても、特にする事が無く暇を持て余すだけだったから、早めに家を出た。
「もう少しで約束の時間に……うん?」
スマホで時間を確認していると、メールが届いた。
送ってきた相手は待ち合わせの相手である天藍。
もしかしたら遅れるってメールか、もしくは急用で来れなくなったとのメールかと思い、確認してみる。
「ん……「お待たせ!」?」
書かれていた短い文字を読んだ直後、細い腕を回されて背中に抱き着いてくる人物が。
首だけを後ろに向けて、腕を回す人物を見る。
「何やってんの……天藍」
「え~っと、驚かそうかと思って……あはは」
突っ立ている俺にこんな絡み方をしてくるのは他の誰でもない、待ち合わせをしていた天藍。
悪戯な笑みを浮かべながら、舌をペロッと出している。
漫画とかでやりそうな表現を現実でやっている人を初めて目にした。
だけど、それでも可愛いと思えたのは、天藍だからだろうか?
「ごめんね待たせて」
「大丈夫だよ、俺も着いたばっかだったし」
「そっか。じゃあ行こ! 初めてのデート❤」
後ろから俺の横に並び、腕を組んでくる天藍。
天藍の言う通り、今日は付き合って初めてのデート。
昨日の帰り道に、天藍から持ち掛けてきたお誘い。
「ねぇ真珠、私の格好どう? 変じゃない?」
「え? どうって……」
二人で歩いていると、突然天藍がそんな事を聞いてきた。
天藍の服装を上から下までじっくり見る。
黒の横ストライプが入った白シャツに、デニムのオーバーオールという服装。
ショートパンツのオーバーオールなので、太腿が丸出しな所が目に入ってドキッとしてしまう。
変な目で見ていると思われたくないので、顔を上げて天藍に答える。
「どこも変じゃないよ、似合ってる」
「ホント!? 良かった~、昨日どれ着て行こうかずっと迷ってたんだ~! ありがと❤」
上機嫌でガバッと抱き着いてくる天藍。
最初は手を繋ぐ事にも照れていた天藍が、今じゃこんな事まで平然とやってくる。
余程嬉しかったのか、周りの目も気にせずに俺の胸に頬を擦り付けてくる。
傍を通ったOL風の女性達が、キャアキャア言いながら俺達をチラチラ見ている。
顔から火が出そうだ……。
「て、天藍? もういいでしょ、恥ずかしいからもう離れてくれない? 周りから見られてるって」
「え~? しょうがないなぁ」
言う通りに、俺から離れてくれる天藍。
腕は組んだまま、また二人して歩いて行った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1日の時間が過ぎていくのがこんなに早いと思えたのは久しぶりだった。
天藍とあちらこちら遊び回って、すでに夕方。
満喫した初デートの帰り道、他愛もない会話をしながら並んで歩く。
いつの間にか、溜息を吐く事も沈んでいた気分さえも吹き飛んでいて、清々しいという言葉が当てはまる様な気分だった。
横にいる天藍を見ると、向こうも俺を見ていたのか、目線が重なる。
言葉を交わす事も無くニコッと微笑んだ天藍を見て、安心感の様な感覚を感じた。
告白されたあの日に感じた感覚と、似ている。
石宝先輩といた時には感じられなかった感覚を、天藍といると得られる。
けれど何だろうか、もう一つあるこのモヤモヤとした感じは……。
天藍と会話を再開した事で考えは中断され、答えは分からないままだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ただいまぁ~」
家に着いてそう言うも、人の気配は感じられない。
玄関に両親の靴は見当たらないので、まだ仕事から帰って来ていないみたいだ。
「あれ? メールか」
靴を脱ごうと座り込んだ時、スマホが振動した。
届いたメールを開くと、天藍から「家に着いたよ!」と送られてきていた。
家まで送ると言ったが、天藍それを遠慮した。
理由は、大体察しが付いた。
先日の石宝先輩との再開で、警戒しているんだろう。
天藍なりに、俺を庇ってくれているんだと思う。
「わざわざ……ははっ」
些細な事でも知らせてくる天藍に、小さく笑いを零した。
「俺も今着いた」と、こっちからもメールを返信しておく。
何気ないこんなやり取りでさえ、今の俺には楽しく思えていた。
楽しい……あぁ、そうか。
今更に気づく、モヤモヤとした気持ちの正体。
「そっか、俺はもうとっくに……ん?」
座ったままでいると、呼び鈴が鳴った。
「母さんか? 父さん?」
立ち上がって、鍵を開けドアノブを回す。
この時、のぞき穴から相手をしっかり確認するべきだった。
両親なら鍵を持っていただろうし、呼び鈴なんて押すはずも無かった……。
相手が誰か分かれば、合った対応もできたのに……いや、言い切れない。
開いたドアの向こうにいる人物に……
「――――――な、んで」
対応なんて、出来っこなかった……。
「こんばんは、真珠君❤」
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