はい……本当です

 あの頃の面影を残していて、けれど何処か大人びた雰囲気を纏った石宝先輩が、俺を見つめていた。

 付き合っていた当時もこうやって俺の事を見つめていた事を覚えている。

 あの瞳で見つめられる事すらも、怖くなっていった事も……。


 「石宝、先輩」


 石宝先輩の名前を、口にしたのはいつ以来になるのだろうか。

 忘れようとすればするほど、心に強く残ろうとする石宝先輩の存在。

 名前を口にする事もしない様にしていた……のに。


 「私とっても心配してたんだよ? メールしても返信がないし、電話しても繋がらないし、何かあったんじゃないかってとっても心配してたんだよ? 会いに行こうって考えたけど、事情があってすぐに行けなかった……でも良かった❤こうして私に会いに来てくれたんだね、真珠君❤」


 手にコンビニの袋を下げて近づいてくる石宝先輩。

 まさか俺達と向こうが帰って来るタイミングがこんな形で合うなんて……最悪だ。

 何を話す?

 久しぶりですねって、そんな事を言えるわけないだろ。

 1年も会ってなかったんだぞ、会話なんて久々過ぎてできない。

 ……それに、今の状況はマズい。

 石宝先輩の感じからして、俺との関係が自然消滅になったなんて思ってもいない様に思える。

 俺が一方的にそうしたんだから当たり前と言えばそうだけど、それでも今はマズい。

 だって俺はついさっき……天藍と……。


 「……ねぇ、真珠君。ちょっと気になる事があるんだけど」


 その場に立ち止まった石宝先輩が、ワントーン下がった声で問いかけてきた。


 「どうして、私の事を下の名前で「琥珀先輩」じゃなくて、「石宝先輩」って呼び方するのかな?」

 「っ!? あ、あの、それは」

 「それに、どうして」


 石宝先輩の視線が、俺の顔から下に向けられる。

 見つめる先に、俺も視線を移す。

 俺が小さく声を漏らすのと同時に、石宝先輩が言った。


 「どうして天藍と手なんか繋いでいるのかな?」


 やって、しまった……。

 石宝先輩との予期せぬ再会に気を取られていて忘れていた。

 天藍の手が、俺の手を包んでいる事を。


 「ねぇ、真珠君。どうしてかな?」

 「これ、は」


 この感じだ……。

 あの頃に感じた、「怖い」という感じ。

 これが嫌で、俺は石宝先輩と距離を置いたんだ。


 「これは、何?」


 もう、バレてしまったんだ……なら、言うしかない。

 俺達は、もう恋人同士なんかじゃ無いって事を……俺が距離を置いた理由も……そして、今は天藍と付き合っている事も……。

 並べて言ってみれば、俺は何て最低な奴なんだ。

 一方的に別れて、今度は付き合っていた相手の妹と付き合っているなんて……でも、今はこれで良かったのかもしれない。

 こんな奴だって分かったら、石宝先輩もきっと諦めてくれるはずだ。

 殴られるのは覚悟しておこう。


 「……すみません、石宝先輩、実は……っておわ!?」


 意を決して話そうとした瞬間、俺は後ろに引っ張られていた。

 そのまま後ろに倒れる……と思った時には、俺は抱き止められていた。

 

 「……何の真似かしら……天藍?」

 「見て分からない?」


 石宝先輩に冷めた目を向ける、天藍に。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 天藍によって中断され、静寂な空気が流れている。

 俺は天藍の行動に状況が整理できていなかった。

 そんな俺を腕に抱き止めながら、静寂な空気を壊す様に、天藍が言い放った。


 「私、真珠と付き合う事になったの」

 「!? ……今、何て言ったの?」

 「この距離で聞こえなかった? まぁ何度でも言ってあげる。私、真珠と付き合ってるの。私が真珠の彼女で、真珠が私の彼氏。分かる?」


 物怖じもせずに淡々と言い切る天藍。

 そんな天藍を、俺は止める事もできずにただ突っ立っている事しかできない。

 俺が石宝先輩に言おうとしていた事を天藍が言い放った。

 けれど、明らかな怒りが感じられた。

 二人の仲の悪さを、身を持って実感した……。


 「……天藍、そんな冗談、面白くないわよ。ねぇ、真珠君❤」

 「こんな冗談、私が言うわけないでしょ。自分で気づいてないの? 真珠がどれだけアンタと別れたがってたか、どれだけ疲れていたか、どれだけ悩まされてたか……気づいてないの?」

 「天藍、もう止め……」

 「真珠君」


 流石に止めに入った俺に、石宝先輩が声を掛けてくる。

 石宝先輩を見ると、怒っているわけでも、悲しんでいるわけでも無い……無表情で俺を見ていた。


 「今、天藍が言った事は……本当の事なの?」

 「それ、は……」

 「ホントに決まってるでしょ。真珠はね」

 「天藍は黙ってて」

 「……ふん」


 話すのを制され、そっぽを向く天藍。

 俺の答えを待つ石宝先輩は、俺から目を反らさない。

 目を瞑り深呼吸をして、俺は言った。


 「はい……本当です」

 「っ!?」


 俺の答えに石宝先輩は、文字通り驚いていた。

 信じられないといった表情のまま、俺を見ている。

 そんな石宝先輩を直視することができなくなって、俯きがちに話を続ける。


 「付き合ったばかりの頃は、すごく楽しかったです。石宝先輩と話したり、お昼を食べたり、一緒に帰ったり……それだけでもとても楽しかったです」

 「……」

 「けど、それが段々と変わっていって……石宝先輩の好意が、気づいたら怖く感じてきて」


 話している俺の方が、立っていられなくなりそうになってくる。

 幸いと言って良いのか、天藍が抱き止めてくれているのが功を期している。


 「石宝先輩に何も言わずに、一方的に別れる様な形に、しました……謝って許される様な事じゃないけど、すみませんでした」

 「……真珠君」

 「こんな最低な奴、殴ったって構いません。石宝先輩の気が済むのなら、俺は」

 「もういいよ、真珠君」

 「石宝、先輩」


 石宝先輩に止められ、俯いていた顔を上げる。

 そこに立っていた石宝先輩は、悲しそうな笑顔をしていた。


 「もう謝らないで……ごめんね? そこまで真珠君の事苦しめてたなんて……私、最低だね」

 「……」

 「……今更」


 ボソッと呟く天藍を無視して、石宝先輩の話を聞き続ける。


 「私、自分勝手だったね。もっともっと真珠君と幸せになりたいからって、先急いでた……ごめんね」

 「いや、そんな、こと」

 「今日は、天藍を家まで送ってくれたのかな?」

 「あっ、その……はい」

 「そっか、ありがとう」


 殴られるのを覚悟していたのに、泣かれると覚悟していたのに、最悪刺されるんじゃないかとも思っていたのに、石宝先輩は俺に礼を言った。

 諦めてくれたのだろうか、俺の事を。

 認めてくれたのだろうか、天藍との事を。

 確証できる返事は貰えなかったけど、これ以上は何も聞きたく無いし、聞かれたくなかった。

 でもきっと、大丈夫なはずだ……そう、信じたい。

 これからは天藍と、付き合っていくんだ。

 罪悪感に苛まれるけど、石宝先輩との事は……忘れよう。



 ――――――ギリ、リッ――――――

 後ろで組まれた石宝先輩の手からそんな音が出ているのに……今の俺は気づかない。

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