うん、行くよ

 石宝先輩が帰った後に、変わった所は無いか一通り目を通してみた。

 自分の部屋や両親の寝室、トイレにキッチンにリビング。

 その他にも家中改めて見たが、何処もおかしい所は無かった。

 もしかしたら何か持って行かれたり、もしくは何かを隠していたりしていないかと頭を過ったが、考え過ぎだった様だ。

 石宝先輩と会う度に、不安や疑いが強くなっている様に思えるのは、気のせいじゃないはずだ。

 こんな気持ちで毎日を過ごす事が無くなる様になりたい。

 早く……普通の毎日に戻りたい。

 天藍と過ごす、幸せが普通だと思える毎日に……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 石宝先輩が、俺に最後のお願いをしてこないまま、1ヶ月が過ぎた。

 最初はこのまま何も言ってこない方が、安心できていた。

 けれど、日が過ぎて行く度に不安感の方が強くなっていった。

 何故、何も行動を起こしてこない?

 石宝先輩からお願いの内容を聞かされた時、家に遊びに行く事や、手料理を振舞いたいと言うお願いまでは嫌々だったが承諾した。

 けれど、三つ目のお願いだけは最後まで聞けないと抵抗していた。

 それだけは無理だと、そのお願いだけは……他の二つのお願いよりも天藍を傷つけてしまうと……。

 勿論、石宝先輩がお願いを変えてくれる事なんて無く、結局そのお願いが絶対条件になってしまった。


 「また何か企んでるんじゃ……」

 「? 何が?」


 つい口に出してしまった言葉を、隣を歩いていた天藍に聞かれてしまう。

 今日もお昼から天藍と出かけていた。

 最近は特に二人一緒にいる事が多くなって、休日は当たり前の様にデートに行く事のなっていた。


 「え、あ、あぁいや何でもない! 今読んでる漫画の続きが気になって!」

 「漫画ぁ~? 私と一緒にいる時に漫画の事考えてるのは誰ですかぁ~?」

 「いひゃい!? てんりゃん、ごめんっひぇ!!」


 天藍に両頬を摘ままれて引っ張られる。

 笑顔だが眉を引く付かせている天藍……これはお怒りの証拠だ。


 「全く、そんなのはいつでも読めるでしょ! ほら行こう!」

 「いてて、……ってちょっ天藍!? 分かったから引っ張らないで!?」

 「嫌で~す! あはは❤」


 こうやって天藍と悪ふざけをして、冗談を言い合って、最後には笑顔を向け合う。

 二人でいる時だけが、俺の心の支えだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 陽が落ちて来れば、それはデートの終わりを告げる時。

 天藍には自分で決めた門限があるらしく、それを守っていつも夕方にはデートを終えて帰る。

 今日も楽しかった……いつもの分かれ道に差し掛かった時、天藍が言い出した。


 「あのさ、真珠」

 「ん? どうかした?」

 「えっとさ、その……」


 モジモジとして、時たま俺の方をチラチラと見てくる。

 心無しか、天藍の顔が赤くなっている様に思える。


 「今日さ、明日の昼まで私の家……誰も居ないんだ」

 「えっ? う、うん」

 「だから、さ……今日私の家に、泊りに来ない?」

 「へ?」


 その言葉に、俺は固まった。

 天藍の大胆な発言には驚いた。

 家に泊る、それも付き合っている恋人の家に。

 それはつまり……そう言う事だと理解できる。

 前に天藍自身も言っていた、約束。

 その約束を果たすのが……今日。


 「ねぇ、真珠……どうかな?」


 天藍が、上目遣いに俺を見上げてくる。

 我に返った俺は、それに答える。


 「あ、あぁ。……分かった」

 「ホント!? じゃ、じゃあ一度別れて準備したら、私の家に来てくれる!?」

 「うん、行くよ」


 俺の返答にやや興奮気味に嬉しがる天藍。

 取り合えずそれぞれの家に帰ってから連絡する事になり、俺達はその場で別れた。

 天藍が見えなくなるまで手を振り続けていた俺は、天藍が曲がり角を曲がった瞬間に手を下ろして……頭を抱えていた。


 「どういう、事だ……」


 分からなかった。

 何故、天藍が家に泊る様に言ってきたのか。

 ……違う、そうじゃない。

 どうして天藍が、それを言うんだ。

 どうして……。


 「石宝先輩が言っていた最後のお願いと……一緒なんだ……」


 石宝先輩が俺に言った三つ目のお願いは、自分の家に泊りに来て欲しいと言う……無茶なお願いだった。

 無茶かどうか以前に、天藍もいる家に泊りに行けるわけが無かった。

 いや待てよ、そもそも何で石宝先輩は家を空けたんだ?

 俺を家に呼ぶんなら、天藍をどうにかして家から追い出したんじゃないか?

 何でその逆なんだ……。


 「……俺と天藍を、二人きりにする必要があったのか?」


 石宝先輩にとって、そんな事にメリットがあるとは考えられなかった。

 今まで散々俺と天藍の仲を離す様な行動をしていた石宝先輩が、今になって俺達の仲を進展させる事をするはずが無い……。


 「何なんだよっ……一体」


 状況が理解できない。

 偶然が重なった、そんな言葉で済ませ様にも、石宝先輩の顔がチラついて偶然を受け入れる事ができない。

 考えても頭が痛くなるだけで……俺は踵を返して、家への帰路を歩いて行った。

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