次が、やっと最後の……

 今日は両親が仕事で帰りが遅くなる。

 別に珍しい事じゃない、月に数回くらい良くある事。

 家に俺一人の時は、夕食もインスタントかレンジで簡単にできるもので済ませ、お風呂もいつもより早い時間に入り、翌日が学校ならベッドに入り、休日なら明け方までだらだらネットかテレビゲームをしている。

 それが、家に俺が一人で居る時の流れ。

 いつもなら、もう夕食を済ませている頃だった。

 だったと過去形なのは、今まさに俺にとってのイレギュラーが起きているから。

 キッチンから、包丁で食材を切る音やフライパンで炒め物をしている音が聞こえてくる。

 俺の他に、もう一人家の中に居る。

 それは、今後どう間違えても家に入れる事は無いと思っていた人物……石宝先輩。

 勿論、訳なく家に上げたりするはずが無い。

 石宝先輩の二つ目のお願いと言うのが、俺に手料理を食べて欲しい……というものだった。

 食材を手にして、俺が帰って来るのを見計らっていたんだろう。

 でなきゃ、あんなにタイミング良く俺の前に現れるはずが無かった。

 お皿がカチャカチャと音を立てている。

 どうやら完成した料理を盛りつけている様だ。


 「お待たせ真珠君❤はいどうぞ、私の得意料理だよ❤」


 俺の座る目の前のテーブルに、香ばしい匂いを出している炒飯が置かれた。

 盛り付けも完璧で、綺麗な半球になっている。

 見るからに美味しくできているというのが分かる。

 だが、スプーンを手にした所で、俺の動きが止まった。


 「どうかしたの?」


 石宝先輩も、それを見て首を傾げている。

 どうしても疑ってしまう……もしかしたら、この炒飯に何か盛っているんじゃないのかと。

 そんなドラマみたいな事あるわけない、そう思っていても、目の前にいる石宝先輩の今までの行動を考えると、あり得ない事でも平然とやっていそうで怖くなる。


 「食べないの? ……お願い、聞いてくれないの?」

 「いやっ! 違っ、食べます! ……いただき、ます」

 「うん❤召し上がれ❤」


 多くは無い量をスプーンに乗せて、それを口の中へ……含んだ。

 スプーンを引っこ抜くと、舌の上にパラパラとした触感の炒飯が乗る。

 それを味わう様に良く噛んで、飲み込む。


 「どうかな?」

 「……美味しい、です」

 「本当!? 良かったぁ~❤」


 得意料理と言うだけあってか、思っていた以上に石宝先輩の作った炒飯は美味しかった。

 味付けもしっかりしていて、冷めても美味しく食べられるんじゃないかとさえ思った。

 炒飯以外の味はせず、何かを盛っている事も無いみたいだった。

 流石にそこまではしないかと、少しだけ安心していた。

 そして、食べ始めてから10分程で完食した。


 「全部食べてくれて、嬉しいな❤」

 「ご馳走様、でした」

 「お粗末さまでした❤それじゃあ、お皿洗ってくるね!」


 空になったお皿を手にして、再びキッチンへと消えて行った石宝先輩。

 水の流れる音が、耳に入って来る。

 今の所、特におかしい点は見当たらなかった。

 本当に手料理を振舞ってくれるだけなのか。

 考えていると、石宝先輩が戻ってきた。


 「真珠君、食後の飲み物をどうぞ❤あっ、勝手にコップ使ってごめんね」

 「いえ、別に大丈夫です」


 差し出されたコップを受け取る。

 色からしてオレンジジュースだと思い、それを飲んだ。


 「……」


 含んだ時の味も、後味も、オレンジジュース。

 これにも何かあると疑っていたけど、違ったようだ。

 残りも飲み干して、コップをテーブルに置いた。


 「……それじゃあ、私はもう行くね? 手料理食べてくれてありがとう❤」

 「……いえ」


 立ち上がった石宝先輩を見て、俺も立ち上がろうとした時、小さいあくびを漏らした。

 次いで、瞼も下がり気味になってくる。

 そう言えば、今日は早くから家を出てから天藍と色んな所に足を運んだな。

 それで、今お腹も膨れたから、急に眠気が……。


 「真珠君? 大丈夫? 何だか眠そうだよ?」

 「あ、いえ……大丈夫、です」


 振り返った石宝先輩が、俺を心配そうに見ていた。

 大丈夫だと返事を返すも、それに反して意識が遠退いて行く。

 おかしいな……眠たくなるって、こんな感じだったか……な。

 石宝先輩が近づいてくるのを半目に見たのを最後に、俺の視界は真っ暗になっていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 誰かに、追われている。

 誰なのか分からない、けど、必死に逃げている。

 逃げても逃げても、全く前に進んでいない様に感じる。

 後ろが気になって、振り向いた。

 ……同時に、肩に手を置かれた。


 「真珠君、つかまえたぁ❤」


 何もない真っ暗な場所で、石宝先輩の笑顔だけが……酷く輝いていた。


 「うぁぁあああああっ!!? っおわ、いってぇ!?」


 叫び声を上げながら、ベッドから落ちた。

 すぐに起き上がり周りを見渡すと、いつもの見慣れた自分の部屋だった。

 手の平で額を拭うと、汗が手の平を覆いつくした。

 余程、うなされていたらしい……。


 「そりゃそうか……またあんな夢見たら……」


 きっと、石宝先輩がさっきまで傍に居たから……そこまで思い出して、気づいた。


 「そうだ、俺……石宝先輩は!?」


 部屋を出て階段を駆け下りていく。

 リビング、キッチン、他も確認したが、何処にも石宝先輩の姿は無かった。

 もう一度リビングに戻って来た時、テーブルの上の紙に気づいた。

 近づいて覗き込むと、「今日は疲れてたのかな? また今度ね❤」とだけ書かれていた。


 「帰った……のか」


 力が抜けて、床にへたれ込む。

 案外あっさり帰ってくれた事に安堵した。

 そして、同時に思う事がもう一つ。


 「次が、やっと最後の……」


 次さえ耐えれば、天藍も俺も、何も心配しなくて良くなる。

 それはとても喜んで良い事のはずなのに、素直に喜べない自分がいる。

 最後のお願いが、今までの比にならないくらい……心臓が抉り取られそうな程に残酷な事だから……。

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