……ごめん

 天藍の身になって考えてみれば、自分の知らない間に恋人が元カノと……それも、仲の悪い姉と一緒にいる所を目撃したのだから……怒りに染まるのは当然だと思った。

 だから、今俺がこうして天藍の部屋に連れ込まれているのも、きっと制裁を下す為だと覚悟している。

 力任せに部屋のドアを叩き閉めた天藍が、くるりと俺の方を振り向けば、そのまま俺の肩を押してきた。

 さっきよりも表情は柔らかくなっている様に見えるが、時折眉をひくつかせている。


 「うぁ?! ……天藍?」

 「……」


 それ以上後ろに下がる事は無かった。

 天藍にベッドに押し倒されたから……。

 俺の顔を覗き込む天藍は、無言のまま。

 そんな天藍に言い訳がましく話す。


 「天藍、本当にごめん……天藍の気持ちも考えないで、俺、最低な事した。石宝先輩とは何もない……けど、そんなの簡単に信じろって言われても無理なのは分かってる。だから、俺にできる事なら、何でも……っ!?」


 できる事があるなら、それで償おうと口にしようとした。

 その俺の口は、天藍の柔らかな唇で塞がれていた。

 プニプニとした感触が、俺の唇に伝わる。

 柔らかすぎて、沈んでいるのが俺の唇なのか、天藍の唇なのか分からない。

 数秒間そのまま動かないでいると、天藍が離れた。


 「んっ……謝らないでよ、真珠。悪いのは全部アイツなんだから。私は真珠に怒ってなんか無いよ」

 「……ごめん」

 「あっ、また! 謝らないでって言ったでしょ! もう……そんな口は、私が塞いであげる❤」


 そう言って、また俺に唇を重ねてくる天藍。

 やましい気持ちとかは一切湧いてこなかった。

 ただこうしていると、安心する事ができた。

 石宝先輩と二人きりでいた時の恐怖や、天藍に見られてしまった時の絶望は、もう無かった。

 これが償いになるんなら、喜んで受け入れる。

 たとえそうじゃ無かったとしても、天藍がそうしたいのならそれで良い。

 二度目のキスは、一度目よりも長くて……唇に熱が籠っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「あのさ、真珠」

 「何?」


 天藍の家からの帰り道。

 石宝先輩とは顔を会わさずに家を出る事ができた。

 途中まで一緒に行くと言い出した天藍と歩いていると、天藍が何か言いずらそうに話しかけてきた。


 「さっきさ、私達その、したじゃん……キス」

 「えっ、あの……うん」


 話の内容を聞いて、目を泳がせながら答える。

 冷静になった今考えると、中々に気恥ずかしい事をしていたと思う。


 「それでさ、今日はキスまでだったけど……今度は家に誰も居ない時があったら、そのぉ……先の事も、ね///」

 「へっ!? て、天藍!? 急に何言ってるの?!」

 「だっ、だって!! さっきはそんな空気じゃ無かったし!! それに下にアイツがいるんだから嫌じゃん!! 事の最中の真珠の声だって、アイツに聞かせたくないし!!」

 「ちょっ、天藍!? 声が大きい!!」


 俺が喘ぐみたいな事を言っているのはスルーして、取り合えず声を押さえる様に言う。

 まさか、天藍の方からそんなお誘いをしてくるとは思わなかった。

 キスだって天藍からしてきたし……意外と攻めるタイプだったらしい。


 「ご、ごめん。とにかく、今度は最後まで……ね❤」

 「うぐっ……わ、分かった」

 「約束ね❤」


 到底、外でするとは思えない約束を交わす。

 手を握ってくる天藍。

 その手を握り返す俺。

 ごめん、天藍……その約束の前に、俺にはまだしなくちゃいけない約束があるんだ……。

 そのせいで、天藍を傷つけてしまったかもしれないけど、それでもこれからの為に……。

 胸の内で天藍にそう謝りながら、握った手の温かさを感じた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翌週の休日も、天藍とデートをして楽しんだ。

 あんな事があったけど、天藍は変わらず笑顔でいてくれる。

 家での二人の関係が、前よりも悪化しているのは聞かなくても分かっているつもりだ。

 だからじゃないけど、わざわざ聞き掘り返す事も無い。

 天藍といる時は、天藍だけを見ればそれで良いんだ。

 そうしてその日のデートも終わり、家へと帰る。

 帰り道を行きながら、今日の事を思い返す。

 二人して待ち合わせ時間前に着いてたり、昼食の時に天藍が俺に食べさせようとスプーンを差し出してきたり、別れ際にまた……キスをしたり。

 そうしながら歩いていると、とっくに家の前まで着いていた。

 俺はそのまま、この幸せだと感じるまま家に入る……そうできていたら、今、こんなに険しい顔つきにはなっていなかっただろう。

 コツコツと、俺の方へと近づいてくる足音。

 その足音は、俺のすぐ横で鳴り止む。

 ガサガサと音を立てているのは、買い物袋だろうか。

 勿論、俺はそんなもの手にしていない。

 逃げ出したいと思う足音も、何を買ったのか分からない買い物袋も、全部俺の横に立つこの人のものだ……。


 「お帰り、真珠君❤中に入りましょう、疲れたでしょ?」


 幸せは、俺の傍から遠退いて行った。

 代わりにやって来たのは……石宝先輩だった。

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