誰だろうか

 時間が止まってしまった様な感覚に襲われた。

 今日の出来事が、走馬灯みたいに頭を過っていく。

 天藍との時間に充実を覚えていたはずだったのに……俺は今、何をされているんだ?

 我に返った時、石宝先輩はすでに俺から唇を離していた。


 「あっ、えっ? なん……?」


 脳が情報を整理しきれていない。

 言葉を絞り出す事さえできない。

 濡れた唇に手を添えた時、涙が溢れてきた。


 「こっちに来て、真珠君」


 石宝先輩に腕を掴まれて強引に立たせられる。

 そのまま引っ張られて連れて行かれそうになった時……眠っている天藍を見て石宝先輩の腕を振り解いた。

 肺から一気に空気が抜ける感じがして、呼吸が荒くなる。


 「あれ? どうしたの? こっちに来て、真珠君❤」


 首を振り、拒絶の意志を示す。

 距離を取ろうにも、足が震えて動けない。

 初めて石宝先輩に恐怖を感じた時とは、比にならない程の恐怖で包まれている感覚に襲われた。

 その場に留まったままの俺から一瞬目線を外し、横で眠る天藍を見て言った。


 「今起こして、私と真珠君が恋人同士のキスしたって教えてあげたら……どうなるかな?」

 「っ?! や、やめ!?」

 「嫌? やめて欲しい? だったら私の言う事聞いてくれるよね? もう一度だけ言うよ? こっちに来て」

 「くっ、ぐうぅ!?」


 歯を噛みしめ、これでもかと拳を握る。

 少し視線を落とせば、天藍がそこに居るのに……どうして離れなければいけないのだろう。

 どうしてこの人は、こんなことができるのだろう。

 色々な感情がかき混ぜられながら、俺は1歩、足を踏み出した。

 そんな俺を見て、心底嬉しそうな顔をしている石宝先輩の方へ……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 連れて来られたのは、石宝先輩の部屋。

 付き合っていた当時に何度か入った事はあるが、あの頃と何も変わっていない。

 部屋の変化よりも、下で眠っている天藍の事が気になって仕方がない。

 すぐにでも戻りたい……でも、この人がそうさせてはくれない。


 「真珠君❤」


 甘えた声で擦り寄る石宝先輩。

 背後から抱き着かれたのを、身を捩じって逃れる。

 振り返って石宝先輩を睨みつける。


 「……酷いなぁ、真珠君」


 真顔の石宝先輩が、俺に距離を詰め、そして、そのまま俺を後ろにあったベッドへ押し倒した。

 ギシッ、と軋んだ音を出したベッドの上で、石宝先輩にマウントを取られる。

 必死になって抜け出そうとするも、押さえ付けられる力で身動きすら封じられてしまう。


 「ふふふっ❤真珠君真珠君、私の真珠君❤やっとこうする事ができるね❤」

 「やめてください……やめ、て……」

 「私ずっとこうしたかった❤だからゴメンね、止められないよ❤」


 涙声で抵抗するも、無駄に終わる。

 それでも諦めず、声を振り絞って言い放つ。


 「俺はっ、俺は天藍が好きなんです……こういう事も天藍としかしたくありません」


 天藍への気持ちは変わらない。

 そう込めて言い放った。

 

 「……そう」


 石宝先輩は顔を伏せ、髪に隠れて表情は見えない。

 今の内に逃げ出そうと体を起こそうとした時、石宝先輩が手を俺の前に差し出した。

 その手にはスマホが握られていて……。


 「――――――――――――は」


 スマホに映し出されていた動画を見て、動きが止まる。

 視線がそこにだけ持って行かれる。

 ……石宝先輩が顔を上げて、微笑んだ。


 「もう私達、……一つになったんだよ? 真・珠・君❤」


 見せられている動画の中。

 自分の部屋で眠っている俺に跨り、嬌声を漏らす石宝先輩の姿が――――――鮮明に映し出されていた。


 「あの時飲んだオレンジジュース、美味しかったでしょ?」


 嘘だ、あの時、もう、俺は……。

 違うこんなの、違う……。

 天藍……天藍……。

 ごめん……俺、俺は……。

 

 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!??」


 涙を流しながら叫ぶ。

 何もかも引き裂かれた。

 天藍とのこれからも。

 俺自身のこれかも。

 全部、全部、全部――――――このカガヤキに奪われた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ふふふ……アハハハハハ❤もう離さない、逃がさない、何処にも行かせない……私の真珠君、私の❤」


 何も間違ってないよね?

 だって、私と貴方は恋人。

 ずっと前からそう。

 それをあの子が横から奪ったんだから、悪いのはあの子、でしょ?

 だから取り返しただけ……それだけだよ。

 

 「今度はちゃんとシようね❤あの時は真珠君、眠ってたから。今度は私をいっぱい感じてね❤」


 そろそろあの子も起きる頃かな?

 じゃあ分からせてあげよ?

――――――私と貴方がこれだけ愛し合っている事を。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ん……あれ。私、いつの間に眠って……」


 目を開けると、自分がいつの間にか眠っていた事に気づく。

 何だか、急に眠気に襲われた気がして……。


 「あれ? 真珠?」


 起き上がって、真珠がいない事に気づく。

 もしかして、私が眠っちゃったから、帰っちゃった?

 スマホを手にして時間を確認すると、22時を回った所。

 そのまま真珠に電話を掛けてみる……呼び出しのコールは鳴っているけど、出ない。


 「そうだ、靴」


 玄関まで行って真珠の靴があるかを確認する。

 ……あった。

 まだ、家の中にいる。

 戻って真珠を探す、家中探した……。


 「真珠、何処にいるの?」


 まさかと思って自分の部屋も見に行ったけどいなかった。

 なのに、肝心の真珠の姿が見えない。

 もう一度電話を掛けてみようとスマホを手にした時、2階から音が聞こえた気がした。


 「……2階?」


 階段を上って2階へと上がる。

 ここは見なくてもいいと思った。

 だって、ここにはアイツの部屋しかないから。

 こんな所に、真珠がいるはずが無いから。

 廊下を進んで行って、アイツの部屋の前で止まる。

 耳を澄ますと、微かに中から音が聞こえる。

 でもおかしい、アイツは今日は帰らないはず。


 「まさか……」


 アイツ、私が眠っている間に帰って来て、また真珠にちょっかい掛けてるんじゃ……。

 もしそうだったら……許さない。

 真珠は私の恋人なんだ。

 ずっと好きだった真珠。

 アイツになんか渡さない……絶対に。

 ドアノブに手を掛けて、そのままドアを―――――――――開けた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 カガヤキに全てを奪われたのは―――――――――誰だろうか

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カガヤキに全てを奪われて toto-トゥトゥ- @toto-

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