俺はただ、できる事を、しようと……

 俺は石宝先輩の事を何も分かっていなかった。

 石宝先輩は言っていた、付き合った後からでもお互いの事を知っていけばいい……と。

 その言葉通り、付き合ってからの俺は石宝先輩の事を色々知っていった。

 学校の成績は結構良い事とか、運動も割とできる事とか。

 初めてのデートの時には、頼りない俺を引っ張ってくれた事とか。

 でも、そんな完璧に思えた石宝先輩にも悩みがある事も聞いた。

 同じ高校に通う、俺と同じ学年の妹さんがいて、その妹さんとの仲が悪いって事。

 その話を聞かせてくれた時の石宝先輩の表情は、話の内容とは裏腹に、何処か吹っ切れている様にも見えた。

 石宝先輩にも悩みはあるんだな……なんて失礼な事を思いながらも、それと同時に石宝先輩をどうにか支えてあげないとというお節介が芽生えた。

 仮にも恋人同士だ。

 こんな俺にでも、何かできる事があるはず……そう考えていた。

 ――――――石宝先輩と付き合い始めてから半年程が過ぎた時、違和感を感じ始めた。

 毎日の様に届くメールや電話。

 家にいても学校にいてもひっきりなしにスマホが振動する。

 初めてできた恋人だったから、きっとこれくらい普通の事だろうと思って、こまめに返事を返していた。

 顔を会わせれば、何処で何をしていたのか、その時誰と一緒だったのかを聞かれる様になった。

 何だか尋問を受けている様だったけど、あまりにも石宝先輩が心配そうな顔をするものだから、正直に答えていた。

 この時点で少しの違和感を感じていた……そして、その違和感は恐怖に変わった。

 石宝先輩が口癖の様に毎日話すようになった。


 「私が卒業したら真珠君を迎えに来るから二人でアパートでも借りて住もうね❤お金は大丈夫だよ? 私が稼ぐから、真珠君は私の傍にいてね❤その後結婚式を挙げて、子供も欲しいな❤ねぇ、真珠君は女の子と男の子、どっちが良いかな?」


 毎日話すその話と、幸せそうな顔をする石宝先輩に……怖いという感情が込み上げてきた。

 そう思う俺がおかしいのかもしれないと、自分の事ではない様に、クラスメイトに内容を話してみた。

 話してみたら、それは異常だと言われた……。

 束縛だとも言われた……。

 その彼氏が、可哀そうだと……。


 「俺はただ、できる事を、しようと……」


 石宝先輩に会うのが――――――怖くなった。

 前の様に楽しいと思えなくなった。

 例の話をされる度に、体が震えるのを押さえていた。


 「別れた方が、良いのかな……」


 そう思考しても、俺から言い出す事なんてできなくて……。

 結局、石宝先輩が卒業するまで付き合いを続けて、卒業後に連絡先を消去し、着信拒否……そんな卑怯な手を使い、自然消滅に持って行くしかなかった。

 ――――――俺は石宝先輩の、何も分かっていなかった。

 それから俺は2年に進級して、石宝先輩の妹さんと同じクラスになった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そう言えば石宝先輩、卒業後に迎えに来るとか言ってたけど、結局来てないな。

 クラスメイトの声で賑わう教室から、窓の外を眺めながら思い出す。

 あんな夢を見てしまったから、今日は朝からテンションが低い。


 「まぁ、今来られてもなぁ」


 誰に聞こえるわけでもない様に呟く。

 すると、肩をトントンと叩かれる。

 振り返ると、相手の指が頬に刺さる。


 「何ボケッとしてんの、真珠」

 「天藍(てんらん)か」


 石宝天藍、石宝先輩の妹さん。

 石宝先輩と行き合っていた頃にも面識はあったが、同じクラスになってからはよくつるむようになった。

 姉妹揃ってスタイルが良い……が、姉のおっとり具合とは逆に、こっちは明るめな性格をしている。

 用も無いのに引っ張られる事が多い俺。

 ネイビーブルー色のロングボブヘアーが、触り心地良さそうにサラサラしている。


 「私で嬉しい?」

 「何、急に?」

 「テンション低いね……いつもだけど」

 「あぁ……まぁ、ね」


 貴女の姉の夢を見たから、なんて言えるわけ無いだろ。

 他人を傷つける事なんてしないだろ、普通。

 ……いや、すでに一人、傷つけてしまっているかもしれない。

 自分の考えた事で、また一段とテンションが下がる。

 自業自得だ。


 「あのさ、真珠」

 「うん?」

 「今日、さ……放課後、ちょっと付き合ってよ」

 「……良いけど、今度は何? ゲーセン? それとも洋服を見て回る?」

 「良いから放課後! 場所は後で伝えるから!」


 ドンッと机を叩いて去っていく天藍。

 横暴にも程がある……。

 気だるげな表情で、また窓の外を見つめる俺だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 今日は殆どボケッしていたからか、気づけばもう放課後。

 帰ろうと席を立ちあがった所で、天藍からメールが。


 「ヤバい、忘れてた」


 危うくそのまま帰って、後日責められる所だった……。

 メールに書かれている場所を確認して、そこへ向かう事にした。


 「でも、何でわざわざメール?」


 いつもみたいに誘えばいいのに、人に知られたくない事なのか?

 まさか、ただの愚痴を聞かせるとかじゃ無いよな……。

 天藍ならあり得る事なので、余計に気が滅入る。


 「覚悟するか……」


 程なくして、呼び出された場所である校舎の屋上に到着した。

 今日は風が強くて、踏ん張ってないとよろけそうだ。

 天藍の姿は見えない。


 「気長に待つか」


 暖かくなってきたとはいえ、今日は少し肌寒い。

 やっぱり階段で待っていようかと、そう思った瞬間……。


 「うお!?」


 急に視界が真っ暗になった。

 後ろから目隠しをされた様だ。


 「だ~れだ!」

 「……天藍」

 「当ったり~!」


 子供の様にはしゃいで声を上げる天藍。

 顔を包む天藍の手が、温かい。

 が、いつまで経っても手が退かされない。


 「あの……天藍?」

 「ん?」

 「いやその、当たったんなら手を退けて欲しいんだけど」


 動けないのもあるが、重大な事に気づいた。

 俺の背中に当たっている柔らかなこの感触……。

 視界を奪われてすぐに気づかなかったけど、これは……マズい。

 手を退けてくれる様に言うが、天藍は返事を返さない……どころか、そのまま話始めた。


 「あのさ、真珠」

 「えっ、何? あの天藍、手を」

 「大事な話なの。できればこのまま聞いて欲しい」

 「あっ……はい」


 話を聞こうにも、背中に意識が集中してしまって、話が頭に入ってこないかもしれない。

 そんな俺を他所に、天藍が大事な話とやらを話し始めた。


 「初めて会った時の事、覚えてる?」

 「えっと、俺が石宝先輩の家にお邪魔した時?」

 「うん、そう。その時は真珠の事、変わった奴だって思ってた。あんな姉と付き合ってる奴なんて、変な奴に決まってるって」


 姉妹の仲が悪いのは知ってたけど、俺にまで飛び火してたのかよ……。


 「でもね、何度か家に来る真珠を見てて思ったの。この人は、ホントはとても優しくて良い人なんだなって」

 「天藍?」

 「2年生になって、同じクラスになってからは一緒にいる時間が多くなったよね。それで真珠の事、前よりもっと知る様になった」


 天藍から声を掛けてくれて、話す時間も増えたな。

 最初は呼び方も苗字だったけど、姉と被るのが嫌だからって強制的に下の名前呼びになったっけ。

 天藍は初めから俺の事、下の名前呼びだったから今と変わらないか……。


 「姉に同意するわけじゃないけど……真珠の事好きな理由が、分かった気がしたの」

 「へっ?」

 「ねぇ、真珠」


 視界が明るくなり、温かさを保っていた顔に風が当たる。

 俺の名前を呼ぶ天藍の方に振り返る。

 天藍は、顔を赤く染めていた。

 この感じを、俺は知っている。

 あの時の、石宝先輩と――――――。


 「私、真珠が好き。私と、付き合って」


 一層強い風が吹いて、俺の体が少し……傾いた。

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