ほんのり甘口な、口当たりの良いハードボイルド現代武侠劇
- ★★★ Excellent!!!
物語はまず、中国の寒村から始まる。
モノトーン調の、誰とも知れない者の悲哀と憎悪と悔恨に満ちた回顧。白黒の寂れた村に、唯一、凄惨な流血の赤だけが浮かび上がる。そういう情景の序章は、血を血で贖うような復讐劇の開幕を思わせる。
だがその予想を裏切って、物語は一転、一見平和な東京を舞台に変える。地方出身のしがない元サラリーマン──伊織。人の良い、良すぎると言っても過言ではない、流血とは縁遠い場所にいる男が主役だ。
彼は元同僚から押し付けられた中国人の観光案内のバイトをきっかけにして、もう一人の主役である男──曹瑛と出会う。カタギとも思えない、怜悧な眼光と剣呑な気配。それも道理だ。彼はまさに血溜まりに身を置く黒社会で名の知れた凶手──中国マフィアお抱えの殺し屋だった。
伊織と曹瑛、交わるはずのなかった二人が交錯する。これまで安穏とただ流されるがまま生きてきた伊織は命を賭してでも運命を切り開こうとする曹瑛の強く気高い意志を知り、これまで流血と悪意渦巻く世界にしか知らなかった曹瑛は伊織と過ごして平穏と安らぎに触れて、彼らの道は、道行きを共にする他の仲間達をも巻き込んで、その流れを巡るましく変えてゆく。
ハードボイルドの王道と言えば、他者の理解を拒む者の独り語りだ。苦いばかりの珈琲を好んで淹れる主人公が他の登場人物のみならず、読者の共感をも拒んで、己の内面を自嘲と皮肉混じりに語り、時には自分自身を騙しさえして、苦渋と後悔に塗れた人生を無糖のブラックで舌と喉を痺れさせながら飲み下す。
だがこの物語は違う。苦味の中にも、ほんのりとした甘さがある。いみじくも、物語の冒頭に曹瑛が無糖の珈琲を嫌う描写がされている。
甘党の殺し屋と、お人好しな相棒。そんな二人とその仲間達が繰り広げる微糖のハードボイルドが、一体どんな後味をあなたの口に残すのか、ぜひ一度確かめて欲しい。