煙草の匂いが呼び起こす、苦味と痛みが滲む重く忘れがたい追憶

この短編のレビューを書くにあたってまず特筆するのは、スマートで巧い文章だ。
昨今説明しすぎる作品が多い中で、さりげない仕草の描写で登場人物の背景を読み手に伝える文章は、活字を読む快感というものを思い出させてくれる。

登場人物のモノローグや台詞も、短くありふれた語彙でありながら、だからこそ胸に染み入る力のあるものばかりだ。

主人公は世界を疎み、世界に疎まれているように感じている一人の少女。公園に設置してあるトンネル状になった滑り台の下に逃げ場所を見つけた彼女は、煙草を喫う一人の女と出会う。主人公と同じく疎ましい何かから逃げてきたきた彼女と、煙草一本分の時間を日々繰り返す内に、主人公は世界と騙し騙しに付き合う術を覚えてゆく。

これは綺麗なばかりの美談ではないのだろう。二人を繋いでいたのは、紫煙の籠る日陰の逃げ場所。少なくとも健康的じゃあない。喫煙というのは、緩慢な自決の手段なんていう言葉もある。
「他人は自分の人生の主役じゃない」という台詞も、前向きな言葉とは言えない。言うなれば自棄っぱちな台詞だ。しかし、だからこそ生きた台詞のように感じられる。綺麗言じゃない、生きた人間の血の通った台詞だ。

切実に生きて大人になった少女の、苦く痛い、それでも大事に胸に仕舞い込んだ宝物のような記憶。
彼女は煙草へ火を点す度、一度肺を侵して吐き出した紫煙が空に溶けるのを眺める毎に、それを思い出すのだろう。

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