一筋縄ではゆかない魔境。時を超えて継がれし天剣は、この乱魔を断てるのか
- ★★★ Excellent!!!
この異世界活劇はまず、混沌の坩堝と化した戦場を舞台にして始まる。魔物と呼ぶのも生温い、思いつくまま雑多な生物の特徴を放り込んでつなぎ合わせたかのよう異形畸形の怪異達で溢れる、混沌を極めし戦場。
その戦場を前にした陣中にて一時の休息を取る男が、ある日本軍人の書いた手記を開く。
今や無き旧日本帝国軍に身命を捧げ、戦闘機パイロットを務めた切畠義太郎が記した手記には、満洲国とモンゴルとの武力闘争──ノモンハン事件における戦闘の最中、操縦桿を握る九七式戦闘機と共に墜落した末に、どういうわけか異世界に転移したという旨が、旧字体を用いた軍人らしく硬い、しかし端々に筆者生来の心の豊かさを感じせる文章で綴られている。
そこで手記を閉じた男は、混沌の戦場に身を投じた。マレビトと呼ばれる異世界転移者が持ち合わせる抗魔力と、彼が転移前に研練を重ねた剣術とで、魔を煮詰めた坩堝の戦禍を切り抜ける男は、これまでに至る経緯を思い返す。
男の名は、切畠正義。その性、そしてその名から察せられる通り、異世界に渡った切畠義太郎の血縁にあたる人物であり、この物語の主人公である。
過去を振り返る正義を通して、読者は彼の半生を知る。
事故によって若くして父母を喪った正義は、唯一の肉親である祖父に育てられる。
祖父の名は信次郎、先述の義太郎の弟だ。祖父は正義にとって、剣の師であり、そして人生の師であった。正義が祖父に抱いていた敬愛の念は、肉親であるという以上に大きなものだった。
そして成人し警察官となった正義に、祖父との死別が訪れる。両親の身に降り掛かった唐突な死とは違い、病床に伏すことすらなく、最期まで剣客あれかしと息を引き取った祖父の死──その静かで安らかな、気高い末期の姿は実際に読んで確かめて欲しい──は、正義に悲哀以上に偉大なものを残した。
しかし、そんな正義に度重なる不幸が訪れる。何の因果か両親と同じ交通事故に巻き込まれ、片足を失い、妹同然に思っている従兄弟の友枝が下半身不随の後遺症を負った。
片足を失った事よりも友枝の後遺症を我が責任と感じて押し潰されそうになっていた正義を救ったのは、誰あろう、自分よりも重い傷を負った友枝の健気な優しさだった。
そして二人は、訪れた不幸に負けまいとする心を支えに再起する。
だが、どういう天の采配か、踏切自殺をしよとする男を救おうとして、今度こそ二人に逃れようのない死が訪れた。
そして正義は、失ったはずの片足を取り戻した姿で、大叔父である義太郎と同じ異世界に転移し、その世界のレディコルカという国で義太郎が剣帝と讃えられ、半ば神格化されている事を知る。義太郎の生き写しのように彼に似ていた正義は、再会した友枝と共にレディコルカの王と姫として祭り上げられた。
レディコルカの臣民の熱望に応えるため、この異世界で生きてゆくため、そして友枝と共に元の世界へ戻る術を探すために、玉座に着く事を受け入れた。
これから彼の前に立ちはだかり、そして通る道の後に築かれる屍山血河を知らずに。
これがこの物語の序章である。
登場人物のその半生にまで深く切り込んだ心理描写は、前述の通り。それは主人公だけでなく、彼を取り巻く主要なキャラクター達や、敵側の人物もまた深く細部に至るまで、彼らの心理を掘り下げられている。
作者の剣術や戦術に対する深い造詣も窺える。剣術に疎い者にも飲み込めるよう簡潔に、しかし詳細に渡って剣術の術理に触れられている。
そして世界観もまた魅力的だ。当初は、良く作り込まれてあるものの、他の異世界物と大きく違う点は見当たらない、ありふれた世界観にしか見えない。
だが読み進めるごとに、おや──と思う事だろう。何故、この小説がSFを冠しているのか、奥深くまで分け入った時にわかるはずだ。どうやらこの世界は、一筋縄でゆくものじゃないらしいと。
長文失礼。
果たして、正義はかつてこの地で剣帝と謳われた義太郎の天剣を継ぎ、魅魍魎が跋扈する魔境が織り成す乱魔を断つ事ができるのか。その結末を見届たい。私もそう願う者の一人である。