第7話 掲示板


 一際大きな通りに出ると、時計塔の全貌が窺えた。


 通りの隣に広場があり、その中に堂々と聳え立っている。


 その時計塔を囲むようにして、広場には様々な屋台が並んでいた。

 しかし、祭りの時間には少し早いらしく、そのほとんどは準備中であるようだ。


 玄道は、雑談を交わし合いながら作業を進める店主たちや噴水の周りをぐるぐると駆け回る子供たちを横目にしながら、屋台の群れの中を進んだ。


 後ろを振り仰ぐと、塔の上部に時計盤。

 玄道の知るものと同じ、二つの針と十二個のメモリがふられた時計だ。


 長針はちょうど真下を指していた。


 そこから辺りを探ると、玄道は広場の脇の方に白い建物を見つけた。

 どうやらそこが領主会館であるらしい。


 中央とは違いその周囲に屋台はないらしく、人足もまばらだ。


 玄道は、武器を持っていないか軽い検閲を受け、領主会館の扉を潜った。


 中は、公民館や音楽ホールにあるような雰囲気だった。

 実際、音楽ホールを兼ねているようで、厚い扉の向こうから弦楽器の音色が漏れ聞こえている。


 そして、壁際にある緑色の掲示板には、紙が貼られていた。

 

 紙の形式はどれも同じで、依頼内容・期間・報酬・条件・留意事項といった欄がある。


 依頼書は掲示板の余白を埋めるようにして数多くあるが、玄道が受けられそうなものはなかなか見つからなかった。


 今日の祭りに際して働き手を急募しているものもいくつかあるが、それらも含め、多くは条件として身元の証明が必要となっており、玄道にはその術がなかった。


 そこで、とある依頼書が玄道の目にとまった。


 依頼内容:王都ルクスベニアまでの護衛

 期間:二日程度。進行速度で前後する可能性あり。

 報酬:大銀貨五枚。また、道中の食住負担。

 条件:戦闘経験がある者。

 留意事項:最短距離で向かうため、魔の地を経由します。その旨を了解して頂くようお願いします。


 報酬は他の依頼と比べ、断然高い。

 それだけに何か訝ってしまうが、食事と住居を負担してくれるというのも、今の玄道にはありがたかった。 


 そして何より、その条件。

 玄道にうってつけのものと言えた。


 明朝六時に領主会館前で面会をするのだという。


 玄道の隣で依頼書を見ていた人は、依頼書の下、籠の中にある割符を持って外に出ていく。


 その他の人たちも同じようにしている。


 玄道が籠を覗くと、割符にはそれぞれ番号が振られていた。

 依頼書にもそれぞれ番号が振られている。


 依頼主との面会の際、この割符が依頼書を見たという一応の証明になるのだろう。


 玄道はそう理解し、王都へ向かう依頼書と同じ番号の割符を持ち、領主会館を出た。

 

 

 今日の用事を終えてしまった玄道は、街の中を散策してみることにしたが、その前に強い喉の乾きを覚えた。


 今が夏であるのか、あるいは年中こんな調子であるのか、暑い陽気が街中を照らしている。


 湿気がないだけじめじめとした不快感はないものの、一秒経つごとにジリジリと焼かれていくようで、玄道は少々うんざりとした気持ちになった。


 汗を滲ませながら、どこかで水は飲めないかと適当に街を歩いていると、玄道の耳は、水が他の容器へ移される時のような音を拾った。


 目を走らせると、井戸がある。

 

 この暑さに辟易としているのは玄道だけではないらしく、何ら気にした風もなく平然と通りを歩く街の人々が小さな列をつくっていた。


 だれか個人のものというわけではなさそうである。


 玄道はあるものを探しに、もう一度店の通りへ向かった。


 大通りから少し外れると、個人でやっているような小さな店が目立つようになり、そのうちの一軒の店頭で、玄道は目当てのものを見つけた。


 玄道に馴染みある形をした金属製のものもあるようであったが、ステンレスではないのか、けっこう重量があった。

 なにより、手持ちの金ではまったく足りない。


 その隣には、革製のものがある。


 そちらであれば、もう一泊分を考慮してもなんとか捻出できる額であった。


 「では、これをください」


 玄道が言うと、店頭に座り睨みをきかせていた腰の曲がった店主は、ぞんざいに手のひらを差し出した。


 その上に小銀貨と銅貨を乗せると、店主はすでに閉じかけている目をさらにすぼませ、頑迷そうに硬貨の枚数を確認し始める。


 やがて、きっちりかっきり値段通りにあることを認めると、「おう」とも「ああ」ともつかない、あやふやな返事とともに顎をしゃくり、玄道から視線を外して、また通りへと睨みをきかせた。


 玄道は革製の水筒を手に取り、


 「ありがとうございました」


 早速井戸へ戻った。


 玄道は水がなみなみに入った釣瓶をすいすいと持ち上げると、釣瓶を慎重に傾け、胃袋を模した形状の水筒へ水を注いだ。

 不良品、ということはなく、十分に水筒としての機能を持っているらしい。


 玄道は早速水筒に口をつけた。


 こきゅこきゅと喉仏が上下し、玄道の全身に水が行き渡っていく。


 「うまいな」


 ふぅと一息ついて顎先に垂れた滴を拭う。


 玄道は満足そうにすると飲んだ分だけ水を注ぎ足し、栓を占める。

 きゅっと瑞々しい音が鳴った。


 布袋と同じように水筒をベルトに吊るし、しばらく街を見て回ることにした。


 それから、玄道が日が傾き始めるまで街を一通り歩いて分かったことは、この街の名がキュトニアであるということ、時計塔は街のほぼ中心部に位置し中心部に近ければ近いほど大きな建物が目立つこと、そして、現代では見られない点として、東西南北の四カ所に門があり、街をぐるりと囲う高い外壁があるということなどであった。


 出入口に関しては、東と北の門は閉ざされており、開かれている他二ヶ所の門にしても、玄道の感覚からするとさほど交通量がないように思えた。


 規模から見るに主要に使われていると思しき南の門ですらちょこちょこと出入りがあるだけで、立派な門構えと比べると少し違和感を覚えた。


 玄道が宿へ戻ると、


 「あっ、ゲンドウさん! ちょうどよかった!」


 宿へ着くやいなや、玄道はアリアに声を掛けられた。

 エプロン姿ではないようだ。

 

 「よかったら、一緒にお祭り回りませんか? ああいや、初めてならいろいろと案内できると思いますし……」

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