第8話 祭り


 「抜けても大丈夫なんですか?」


 「はい! 今晩は非番なので」


 玄道は真剣なまなざしで今夕の宴の準備をするエリオを見て、少し気がとがめたが、


 「では、お願いします」


 新しい情報が得られるかもしれないという打算と、純粋に祭りを楽しみたいという欲とで、アリアの申し出に甘えることにした。


 「はい! じゃあ行きましょう!」


 玄道は、軽やかな足取りでウキウキと進んでいくアイサの後ろを歩いていく。


 建国記念日であるということで、家や店の前に国旗が掲げられている。

 しかし特別なにをするというのでもなく、ただお祭りを楽しむ日のようだ。


 時計塔のある中央の広場では、今朝準備中であった屋台群を中心にして、活気に溢れていた。


 「盛り上がってますねぇ。ワクワクしてきました」


 「はい。こういうのは久しぶりなので、私も楽しみです」


 浴衣姿の者はさすがに見かけられないものの、故郷の夏祭りのような光景に玄道は心を躍らせた。


 屋台は時計塔の周りに円の道をつくるように並んでおり、玄道とアリアは早速その道の中へ飛び込んだ。


 屋台が提供するものは多岐にわたっている。

 食べ物が主となっているようではあるがアトラクションの類もあり、子供たちが輪投げでわいわいと盛り上がっていた。


 「ゲンドウさんって、おいくつなんですか?」


 歩きながら、アリアが唐突に尋ねた。


 「五十五です」


 アリアは一瞬きょとんとしてから、


 「ゲンドウさん、意外と冗談とか言うんですね」


 と笑った。


 「本当です」


 「またまたぁ、…………て、え! 本当なんですか!?」


 「はい」


 「うそ…………」


 けっこう衝撃的なことだったらしい。


 「いくつに見えましたか?」


 アリアの驚きように少し気になり、玄道は聞いてみた。


 「三十歳くらいかと…………」


 確かに、鍛錬の影響であるのか、童顔でないにもかかわらず玄道の与える印象は爽やかで若々しい。


 雰囲気が老成しているため、「年の割に落ち着いてる」などと言われることもしばしばあった。つまるところ、若く見られることが多かった。

 

 しかし、それにしても三十はないだろう、と玄道は内心苦笑してしまう。


 「さすがにそれはないですよ。悪い気はしませんけどね」


 玄道は微笑とともに返した。


 特に変な空気になるということもなく、適当な雑談を交わしながら首を右左と動かして屋台の中を進む。


 「あれは何ですか?」


 玄道の視線の先には、香ばしい匂いを発するステーキ肉がじゅうじゅうと焼かれていた。

 それは小さな一切れを買うにも大銀貨が必要らしく、他と比べると随分と高価だ。


 「多分、魔物の肉です」


 「魔物?」


 「はい。一度は食べてみたいと思うんですけど、高いのでさすがに手が出せません――」


 玄道は、神が「魔物」という単語を口にしていたことを思い出していた。

 さらに記憶を探り、『魔術という技術』『魔物という生物』『人間と魔族が争っている』という情報を拾い出す。


 「――ので、こっちにしましょう」


 アリアは隣の串焼き屋台の前で小銀貨を数枚取り出し、「これを二本ください」といった。


 ちょうど焼き上がった熱々の串を受け取ったアリアは、そのうちの一本を玄道に渡す。


 「はい、どうぞ! ラクの串焼きです」


 「えっ、いいんですか?」


 水筒を購入したことで支払い能力がなくなった玄道は気後れした。


 「はい、ちょっと多めに持ってきたんです」


 アリアは、チャラッと硬貨の入った布袋を小さく鳴らして、にっこりと笑った。


 「……なんというか、すみません」


 「いえいえ」


 玄道は恥ずかしく居たたまれない気持ちを他所に、アリアに差し出された串を手に取った。


 「では、ありがたくいただきます」


 「はい」

 

 玄道は串に刺さった一切れを口に入れる。それを見て、アリアもパクっと口に入れた。

 

 「おっ、これは旨い」


 塩コショウだけのシンプルな味付けが肉の旨味を引き立てていた。

 咀嚼するたびに閉じ込められた肉汁が広がる。


 「はふっ、はふっ。美味しいですよねえ。私、毎年これを楽しみにしてるんです」


 「へえ、この屋台は毎年出てるんですか?」


 「はい。必ずこれだけは買うことにしてるんですよ」


 「確かに。機会があれば次も買ってしまいそうです」


 「そうですよね! ほんと、美味しぃんですよ」


 串焼きを頬張りながら、二人はまた別の屋台を見て回る。


 そんな二人の会話へ耳をそばだてていた屋台主のおやじは、「よく分かってるぜ」と頷きながら、隣で魔物の肉を売るライバルへにやっとしたり顔を向けた。


 

 

 「だいぶ暗くなってきましたね」


 玄道が言う。


 ゆったりとした人の流れに乗って一周したころには、人ごみの中足元が覚束なくなってしまう程度には陽が沈んでいた。


 領主会館の方を見てみると、その辺りはすでに夜に覆われているようだ。


 「そうですね。でも、そろそろだと思いますよ」


 アリアが答えると、ちょうど今日二度目となる六の鐘が鳴った。

 そして、それを合図に街中の街灯が中心部から外側へ、ドミノ倒しのごとく走るように灯っていく。

 

 「おぉ」

 

 オレンジ色の光で街が浮かび上がった。


 「最後の鐘が鳴ると同時に街灯がつくようになってるんです」


 「へぇ、それはすごい」


 「ふふふっ。ちょっと宿に戻って進み具合を確認してきますね」


 「それなら私も一緒に行きますよ」


 「でも、まだかもしれないので、二度手間になっちゃうかもしれませんよ?」


 「ええ、大丈夫です。もう十分楽しませていただいたので」


 「そうですか? なら、戻りましょうか」


 「はい」


***


 「あっ、もう始まってるみたいですね」


 アリアの言う通り、宿の一階にある食堂はすでに心地よい喧騒に包まれていた。


 大きな扉が開け放たれ、外にもテーブルが並んでいる。

 席に着く人々は思い思いに楽しみ、大きな笑い声をあげていた。


 「これはまたすごい……」


 「今日はいつも以上に張り切ってましたからね」


 中に入ると、玄道は朝と同じカウンターの席に腰をかけ、アリアもその隣に座った。


 ちょうど顔を出したエリオがむッと眉をしかめる。


 「エリオ! 私たちにもお願い!」


 が、アリアの要望を聞き、すぐに嫌悪を引っ込めた。


 ウェイトレスたちによって、玄道とアリアの元に次々と料理が運ばれてくる。 

 緑に鮮やかな赤が映えるサラダ、白身魚のムニエル、湯気昇るどろりとしたクリームシチュー。最後に、カリっと仕上げられたバケット。


 「うわ~ぉ、すごい! 今日は豪華だね!」


 アリアの感嘆の言葉を聞いてエリオは鼻高々。


 そこで、店長の男が出てきた。


 「お、帰ってきたんだな。小銀貨六枚で宿代に加えてこんな料理が出てくるなんて、ゲンドウ、かなり運がいいぞ。まあ、楽しんでくれ」


 すでに木のスプーンを手にしていた玄道は頷き、


 「このシチュー、すごく美味しいです」


 と答える。


 「こいつらはほとんど全部、エリオがつくったもんなんだ」


 男が言う隣で、エリオは勝ち誇ったように鼻の穴を広げた。


 「ん~、美味しい! さすがエリオ!」


 アリアの掛け値ない称賛に、エリオは喜びの涙を拭った。


 そんな様子を横目に、男が玄道に問う。


 「どうだ? 仕事は見つかりそうか?」


 「あっ、そうだ! それを聞き忘れてました。いい依頼ありましたか?」


 「はい、おかげさまで」


 玄道は割符を見せていった。


 「そりゃよかった」


 「どんな依頼なんですか?」


 「王都、……えぇっと、確か…………」

 

 「ルクスニアですか?」


 「ああ、はい。そうです、王都ルクスニア。そこまでの護衛です」


 「王都か。ってなると、こっからじゃけっこうな長旅になるんじゃないか?」

 

 「どうなんでしょう……ただ、依頼書では二日程度って書かれてましたね」


 「そんなんでいけるもんなのか?」


 男は首を傾げ、


 「…………もしかして、あの森を抜けるんですか?」


 アリアが玄道に心配そうな顔を向け、それを聞いた男は仰天したように言った。


 「まさかっ、魔の地を抜けてくってのか!? …………そりゃあ、いくらなんでも止めといたほうがいいんじゃねえか?」


 「そうです、危険ですよ!」


 店長につられ、アリアも言う。隣で傍観するエリオまで目を見開いていた。


 彼らの驚きぶりに玄道は困惑する。

 さすがにそうまで言われると不安を感じもするが、生活をしていくためにはその依頼を受けざるを得ない。


 それに、留意事項にもあった『魔の地』という文字を思い返しながら、玄道の胸中には好奇心が湧き上がってもいた。


 困惑したような微笑を浮かべるのみで恐れを抱いていない様子の玄道を見て、男が口を開く。

 

 「いあまあ、こういったことに関しては俺ら何かよりもゲンドウの方がよっぽど詳しいんだとは思うけどよ、気ぃ付けろよ」


 「はい、ありがとうございます」


 「でも、いつ行くんだ?」


 「まだ受けられると決まったわけではないんですけど、明日の朝六時に待ち合わせすることになっています」


 「そうか。なら、朝食を摂ってからだな」


 「そんなに早く朝食を摂れるんですか?」


 「ああ。宿屋兼食堂の一日は早いんだ」


 男は得意げにそう笑って、皺をつくった。

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