(5)〜魔女の彼女とお話を。〜

「ここだよな?」


 カイヤは手元にある紙と目の前の扉とを交互に見やった。


 彼があの娘に押し付けられた紙。

 その正体は、魔女の店の裏側にあたる場所に印の描かれた地図だった。

 紙の端には『この場所のことは誰にも言わないこと』と書かれていた。

 カイヤはまっすぐ素直にその地図の指す通りに印の場所に向かい、現れたのはなんの変哲もない一軒の民家の玄関扉だったんだ。


「……悩んでても仕方ないな」


 そう、意を決して扉に手を掛けようとした時。


「来たなら、ノックとかすればいいのに」


 ガチャリと目の前の扉が開き、姿は見えないが、先程聞いた魔女の声と同じ声が聞こえて来た。

 同じ声ではあるのだが、その口調は彼女のものとは思えない粗野なものだった。

 カイヤが呆気に取られ、扉の前で目を見開いていると、


「早く入って来なよ。」


 そんな言葉が飛んできた。

 だから、カイヤは思わず部屋に飛び込んでしまったんだ。



 カイヤが部屋に入ると、パタンと扉が閉じた。

 振り返ると、彼女の姿があった。

 どうやら姿が見えずに声だけ聞こえたのは、扉の影にいたからのようだ。


 部屋の中は誰も魔女が住んでるとは信じないだろう平凡な部屋だった。

 確かによく見渡せば、明らかに料理とは別な用途で使うらしい大鍋や天井から吊るしてある何かの草の束、溢れんばかりに本の詰まった本棚や机の端に置いてあるボロボロの本や何かの記された紙があるものの、他は拍子抜けするほどに普通。


「ねえ、座りなよ」

「え?」

「話、あるんでしょ?お茶淹れたし、そこの椅子にでも座りなよ」

「あ、ああ。ありがと」


 彼女のペースにのまれつつ、カイヤは勧められた部屋に一脚しかない、これまた普通の木の椅子に腰掛け、以前出されたものと同じ香りのするお茶の入ったカップを受け取った。


 彼女は自分の分のカップを手にベッドに腰かけた。

「先に警告しておくけど、変なことしようものなら容赦なく呪ってやるから」

「うん、分かった。よく覚えておくよ」


 カイヤの返事を聞いて、彼女は静かに頷き、一度仕切り直すようにカップを傾け、ふうと息を吐いた。


「で、あなたがここまでしつこく訪ねてきてでも聞きたいことって?ギルドで一番の剣の腕の持ち主で有名なさん」

「驚いたなぁ、俺のこと知ってたんですか」


 目を細めながらそういったカイヤに、彼女はふいっと顔を逸らせて隠すように口元にカップを持っていった。


「街を歩けば、誰でもそのくらい知りえることよ。あと、その『敬語』やめてもらえる?私もこっちがだから」

「分かった。じゃ、改めて。俺はカイヤ、カイヤナイト。よろしく」

「こっちは『よろしく』したくないけどね」


 ニコニコと自己紹介をし直すカイヤに彼女は呆れたような顔をして、二人の間に不自然な沈黙が落ちた。


「…で?」

「で?って……何よ」

「いやほら、君の名前は?」

「教えられない」

「え?」


 間抜けな声を出して、カイヤはポカンと口を開けた。

 彼女の顔に宿っていた表情は真剣で、そしてどこか哀しそうな色がにじんでいた。


「……別に、意地悪とかで言ってるんじゃないのよ?」

「ああ、それは何となく分かるよ」


 気まずげな彼女にそう声を返した。

 すると、ほんの少しほっと彼女の表情が和らいだ気がした。

 彼女は居住まいを正すと、真っ直ぐカイヤの方を向いて話し出した。


「私はさ、知っての通り依頼をされて『誰かを呪う』ことでお金をもらって、食べ物や生活に必要なものを買って、生きてるの。でも、『誰かを呪う』ということは、その呪いを『返される』ことや呪った人物に反撃される危険性が出てくるの。だから、私はあなたに《名》は教えられない。それに……」

「それに?」


 カイヤは不意に打ち切られた言葉を続けるように促した。

 彼女は一つ小さく息をつくと、先ほどとは打って変わって俯きながら、消え入りそうな落ち込んだ声でこう言ったんだ。




「私の名前はホントの名前ものじゃ、ないんだもの」

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