(3)〜魔女の呪い屋にて②〜
再び、パタンと扉の開閉する音が聞こえた。
部屋にいるのは、貴族とその一歩後ろに控えているカイヤ、そして少し遠くに、呪いを行う魔女彼女の三人だった。
「ひとまず、椅子を用意しましょう」
そういうと、彼女は指で軽く宙をなぞった。
一気に部屋中のろうそくに火が灯り、部屋の中が見渡せるほど明るくなったかと思うと、部屋の奥に掛かっているカーテンの向こうから、ゴトゴトと音を立てて、ローテーブルやらカウチやらが歩き、ティーセットが宙に浮かび、カイヤ達のいる部屋へとやってくる。
まるで道具たちが生きていて、彼女の指示に従って仕えているかのようなそんな光景に驚き、目を奪われて呆然としていると、
「そちらにお掛けください。改めて、依頼の内容を聞きましょう」
先程より、近い位置で声がした。
カイヤが声のした方に顔を向けると、いつの間にか、目の前のローテーブルの向かいに、頭の先から足先までの真っ黒なローブを着た、自分と同じくらい少女の姿が座っていた。
当然、彼女にとって、ものが独りでに浮いたり、動いたりすることは当たり前。
彼女は宙に浮くティーポットが入れていった紅茶に口をつけていた。
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しばらくして、落ち着きを取り戻した貴族は、自分がここに来た経緯を話し始めた。
内容は大まかにいえば、「ある敵対する貴族に『不幸の呪い』をかけて欲しい」とのことだった。
「依頼、お受けいたしましょう」
彼女はふらりと立ち上がると、目を閉じてローテーブルの中央に手をかざす。
一つゆっくりと深呼吸して、目を開けたとき、部屋も空気がガラリと変化した。
部屋に窓はないはずのに、彼女の身にまとう衣服が揺れ、ふわりとフードが風に舞い、深い黒紫色の髪と瞳が露わになった。
部屋中の蝋燭が消え、代わりにひらりとどこからかやってきた小さな紙切れが、かざされた手の先に舞い降り、そこに深紫の光をたたえながら、ジリジリと焼き付くような音を立てて魔法陣がかたどられた。
「こちらを、呪いたい方の身近なところに忍び込ませてください。後はこの陣にお任せを」
彼女は再び蝋燭に火を灯した後、陣の刻み込まれた紙を、ポカンと口を開けたままカウチに沈み込んでいた貴族の眼前に差し出した。
貴族は差し出された紙と彼女の顔をしばらく交互に見やっていたが、
「……そっ、そうかそうか!魔女よ、よくやってくれた!これでようやく忌々しいあやつに一泡吹かせてやれるわい」
そう言って、陣の描かれた紙を奪い取るようにして受け取ると、ニマニマと底意地の悪い笑みを浮かべて魔法陣をじっくりと見つめた。
―――だから、彼女の様子に気付く事が出来たのは、カイヤだけだった。喜ぶ貴族の横顔を、苦痛に満ちた面持ちで眺める彼女に。―――
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