(7)〜クレアとカイヤと春の祭り〜
季節は移ろい。
二人が出会って、もうすぐ一年が経とうとしていた。
カイヤもクレアも互いを信頼してはいたが、やはりまだ、心の深い所に隠した事を引き出す事は出来ずにいた。
ーーーこのまま穏やかに過ごすというのも一つの手ではあっだだろうね。
そうしたら、違う運命もあったかもしれない。
でも、そうはならなかった。ーーー
ーーー動いたのはカイヤだった。ーーー
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「え?クレア、『春告げる祭』に行ったこと、無かったのか?」
いつものようにクレアの淹れてくれたお茶に口をつけようとしていたカイヤが目を丸くして訊ね返した。
「ええ。だってわざわざ人と関わるような事する気が無かったし」
そう言いながら、クレアは傷薬の元となる薬草が入った薬鍋をゆっくりとかき回しながら、彼の方を見ずに答えた。
鍋からはコポコポと何かが煮詰まる音とともに、ふわりと不思議な香りが漂っていた。
ーーーこの彼女の傷薬はこの頃になって、カイヤがクレアに頼んで作ってもらうようになったもので、彼女の魔力が込められており、非常に質の良いものだった。
その為、彼はギルドの仕事に彼女の薬を常に持って行くようになっていた。ーーー
「じゃあ、今年は俺と行こう!」
その予想通りの言葉を聞いて、クレアはヘラを持ったまま腕組みをし、全面に呆れたと言いたげな雰囲気を醸し出しながら振り返った。
「……言うと思った。だから、わざわざ人と……」
「一緒に行くだけ、俺の横に居るだけでいいからさ、頼む!」
カイヤはパンっと大きな音を立てて掌を打ち付け、顔の前で合わせていた。
「……」
「……」
しばらくの間、黙り込んだ二人に代わって、くつくつと鍋からの音が部屋を支配した。
二人はそのままじっとお互いの様子を伺っていた。
が、先に折れたのは、やはりクレアの方だった。
彼女はハァと一際大きなため息をつくと、
「……分かった、分かったから行けばいいんでしょ?一緒に」
今度は苦笑をしながらそう言った。
「よし!ありがと、クレア!」
彼女の了承の返事を聞いたカイヤはそれはそれは嬉しそうに笑った。
「ああ、ほんと。なんで勝てないのかしらね……」
喜ぶカイヤを横目に見ながらクレアはこっそりこんなことを呟いた。
「せっかく、クレアの初めての『春告げる祭』だし、どこに行くか考えないとな!さて、何処から連れて行こうかな…」
実際の年より幾分か小さな少年のように楽しげにあそこに行こう、ここに行こうと行き先を思い浮かべるカイヤ。
「ふふ、でもまさか。そんなに喜ばれるとは思わなかったわ」
クレアはそっと静かに、心から笑っていた。
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