最終話 囚われたナイフの解放
「やっぱり、ナイフが瓶の中に入った状態で3Dプリンターで印刷されたんだ」
「何を自信満々に言うかと思えば」
件田が頭に氷を当てた状態で首を振り、痛みに顔をしかめる。痛いなら無理して捜査に参加しなくていいぞ。
「さっき君に忠告したばかりだろう。3Dプリンタで分割されたパーツをそれぞれ内包する形で印刷することは不可能だ。印刷したものは必ずひとつにつながっている。瓶の中のナイフごと印刷するなんて芸当、誰にもできないんだよ」
「それはわかっている。だから、限りなく浮いた状態でナイフを瓶に近づけたんだよ。1ビット分、瓶につながった状態で、な」
プラモデルのパーツを想像してもらえばいい。
と言っても、最新のプラモデルがどうだか知らないが、パッケージの中のパーツとパーツは樹脂製の枠の中でつながっている。それをニッパーなどで切り離して、一つ一つのパーツに分解するのだ。そのパーツとパーツがつながっている部分を、専門用語で『湯口』と言うらしい。
瓶とナイフはその湯口でつながった状態で印刷された。ただし、ニッパーで切らなくても、瓶を強く振るだけでそのつながりが切れてしまうほどの弱いつながり、だ。
「瓶を強く振ると、そのつながりがちぎれ、ナイフは瓶の中に投げ出される。湯口でつながっていたナイフは、解放されて瓶とは分かれたパーツになるのさ。瓶の中にナイフを入れた方法は、こういうことだ。中のナイフごと瓶を製作した。その後、ナイフと瓶は二つのパーツに分かれたんだ」
瓶の内側にできたささくれは、『湯口』のちぎれた名残だ。瓶の内側にできた無数の深い傷は、瓶を強く振って、瓶とナイフとを分けた時に、分かれた瞬間のナイフが瓶に深い傷を残した。その証拠だ。
「どうだ? この推論なら、3Dプリンターで印刷できるし、再現性もある。これで、瓶の中の凶器の密室が解かれたぞ」
ヒビを入れることなく、密室の謎を解いた。
……多少凹んだが。
「すごい!! すごいっス!! 先輩!!」
「ぐっ……、やるな。髭宮」
小早川は尊敬のまなざしで俺を見、件田は俺を見て悔しがる。
ふっ、そうそう。これが見たかったのだ。この景色が。
「それで、結局犯人は、誰なんですか?」
「誰、と言われても」
そもそも俺はまだ容疑者の名前を一人も聞いていない。
小早川が早く教えないからだ。
すると、上司から連絡が入った。
「瓶詰の事務所のスタッフである、容疑者の
……………………。
――後に、犯人を捕まえた捜査員は語った。
「容疑者の名前を見て、ピンときたよ。奴が犯人だって」
犯人の口から、瓶の中の密室に囚われたナイフについて語られたそうだ。
髭宮が推理した内容と同じだった。
だが、彼の推理力が褒め称えられたことは、ついぞなかった。
そんなことは大したことではない。
小早川と件田と冴樹嬢にカッコつけられればそれでいい。それが髭宮なのである。悲しいことにそれが事実だ。
捜査一課の中で評価が低くても、気にしない。ただ、出世頭の捜査員たちとは違う、独自の視点から捜査をする髭宮たちのことを、同僚らはバカにはしていなかった。それもまた、事実であった。
その数日後、捜査一課に挑戦状ともとれる封書が届いた。
確かにここ数年、小水流井梢が設計した建築物で不可思議な事件が頻発していた。
しかし、イタズラだとみなされ、その手紙はシュレッダーで処分された。
イタズラだと片付けられたその手紙を、真に受けた刑事が一人。
その名を
彼はとても暇だったので、職務中に鳴楼館に立ち寄ることにしたのだった……。
どこかの小説投稿サイトでつづく……?
『キョウキの密室』 完
キョウキの密室 ぎざ @gizazig
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