第2話 継ぎ接ぎだらけの推論

 ボトルシップとは、瓶の中に船の模型が入っている不思議な工芸品のことだろう。俺も、初めて見た時は「なんじゃこりゃ」と思ったのを覚えている。


 ボトルの小さな口の中へ、口の大きさよりも小さな部品をピンセットなどで運び入れて、瓶の中で組み立てる。

 そうやって、ボトルシップの不思議な世界観は作られているのだ。


 瓶詰 舟夫という名を聞いて、ピンと来た者もいるだろう。

 俺は聞いた瞬間ピンと来た。小早川を試すために黙っていたのだ。



「先輩が気付くかどうか試すために黙っていたのですが、今回のこの瓶も、ボトルシップの技術が使われたと考えて良いでしょう」


 ほう。

 なら俺も小早川を試すために、その仮説を黙って聞いてみることとしよう。


「見てください。この瓶の口の所、内側に傷がついているでしょう。この瓶の外からピンセットを使い、ナイフを組み立てた証拠です」


 瓶の口元をアップにした写真を見せてきた。確かに瓶の口元の内側には、引っ掻いたような傷が無数についていた。


「しかし、小早川。そもそもその中のナイフは中で組み立てられるものなのか? 3Dプリンターで複製したナイフには、継ぎ目があるのか?」


 組み立てる云々は、そもそもナイフの方に継ぎ目があることが前提だ。瓶の方に継ぎ目があるかどうかは確認したが、ナイフの方に継ぎ目があるかどうかは、この写真からは確認できなかった。


「継ぎ目は……ありました」


 あるんかーーい!!


 ならもう決まりだ。

 まず、組立式のナイフを組み立て、そのナイフで被害者を殺す。その後分解、瓶の口元からピンセットを入れ、どうにかこうにか再度瓶の中で組み立てたのだ。


 ……どうしてこんな面倒なことを……。


「ここに、3Dプリンターで再現した、瓶があります」


 おもむろに小早川は、ボウリング球より少し小さい四角柱型の透明な瓶を取り出した。


 口元の大きさはペットボトルくらいの大きさだ。


「ナイフだけじゃなくて、そっちも再現したのか」


「本当にナイフを分解し、瓶の中で組み立てられたのか、実際にやってみないことには、証拠にはならないですよね。3Dプリンターの樹脂は瓶詰さんの事務所からお借りしました、よっと」


 小早川は、先の細く、長いピンセットを、細長い棒と併用して、うまいこと白い樹脂製のナイフを中で組み立てていく。


 その際、瓶の内側には薄い傷がついた。ピンセットと細い棒を細かく動かしているのだ。全く傷がつかないようにすることは難しいだろう。

 それに、実際の瓶の内側には、もっと深い傷が付いていたのだから、傷がつくことは気にしないでいいように思える。


 最後にナイフの柄の部分を口元に入れようとした時、異変は起きた。


 ナイフの柄が、瓶の中に入らない。

 ナイフの柄の幅が瓶の口元より大きい。

 ナイフの柄は、これより小さく分解出来ないようだった。


「あれ??」


「あれ??」


 小早川と俺は同時に疑問符を声に出した。


 俺は小早川とは違い、樹脂製のナイフなら、薄く曲がるため、賞状のように丸めて瓶の口元から中に入れ、瓶の中で広がったことで完成したと推理していた。小早川が組み立てた後にその推理を披露して「こっちの方法の方が簡単で早い!」と勝利宣言をしようと思ったのに。


 しかし、ナイフの柄の幅が口元より大きいのなら、俺の案でも口元より入れるのは出来ないだろう。


 瓶詰 舟夫の「ボトルシップ技術使用説」は頓挫した。


「この瓶とナイフの現物はここには無いのか?」


「ここにありますよ」


 スっと小早川は取り出す。


 あるんかーーい!!!


 あるなら写真じゃなくて現物を見せろよ!!

 透明な瓶も、ナイフも、再現したのと同じ見た目だ。

 そりゃそうか。再現したのだから。


 瓶の底にピッタリと横たわるようにナイフが入っている。


「いやだって、実物を見せたら髭宮先輩、瓶を落っことして割りそうじゃないですか」


 何を言う。それはどちらかと言えばお前の方だ。


 小早川から瓶を受け取り、瓶の内側を観察する。


 瓶の内側には、口元だけではなく、中の奥の方にも、無数に傷が付いていた。


 さっき小早川が組立を実践していた時にもふと思ったが、ピンセットを中で動かしているだけでは、こうも深く傷はつかないように思う。

 他に瓶の内側に傷を付けた原因があるんじゃないだろうか。


 ひとつ思いつくとすれば、それは瓶の中のナイフにほかならない。


「この瓶を運ぶ時、強く振ったりしたか?」


「証拠品にそんな扱いをしませんって」


 だよな。

 いくら捜査一課始末書提出ランキング不動のトップの小早川だろうとも、そんな扱いはしないだろう。

 2位の俺だってさすがにしない。


 ナイフの方にも細かく傷がついている。

 瓶の中の内側にも、何ヶ所かささくれのようなものが見える。


 うん?


 どういうことだ?


 俺は瓶の内側をもっとよく見ようと持ち変えようとした。が、手が滑った。

 珍しく考え事をしたのが災いした。



「あ!!!!」


 瓶は俺の手から滑り落ちた。


 そして、運悪くブランコの手すりに「ゴッ!!」と嫌な音を立てて当たって吹っ飛び、さらに運良く近くを歩いていた石頭の同僚、件田くだんだの頭を直撃し件田が吹っ飛び、砂場の枠であるレンガに着地した。


 ブランコの手すり、件田の頭、砂場のレンガ。

 3コンボ!!



 俺と小早川はブルーハワイのように青い顔をして、瓶の状態を確認しに行く。


 せめて欠片が大きい形で残ってくれ!!そうすれば小早川がボンドで修復する!!




 そう、思ったのだが、なんと、瓶はヒビが入ることも無く、多少凹んだくらいでピンピンとしていた。ビンがピンピンしていた。



 俺は瓶を拾い上げる。

 内側にはさっきよりも傷が増えていた、気がする。


「先輩!! 言わんこっちゃないですね……」


「何を言う、小早川。これは実験さ」


瓶についた砂を手でさっと払いのけた。


「実験なら、こっちの樹脂で作った方を使ってくださいよ……」


「こっちでやらないと、意味ないのさ」




 解決編につづく

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