キョウキの密室

ぎざ

第1話 瓶が先かナイフが先か

「前代未聞の密室殺人事件が起きました! 現場へ急いでください!!」



 ……という連絡を受け、急いで来てみたら、ここは大きめの公園である。

 遊具を含め、公衆トイレすらカギが壊れていて密室ではない。どういうことだ。


 ブランコの前の広場に人型の線が描かれている。殺害現場はここだろう。

 青空の下、何が密室殺人事件だ。


 現場で奴の顔を見つけたので開口一番異議を申しつけた。


「おい小早川! 密室殺人事件が起こったと聞いたのに、現場が屋外とはどういう了見だ!!」


 小早川は俺の顔を見ると、手袋を渡していつも通り軽薄ににやけた。


「あ、先輩。お疲れ様っス。これはれっきとした密室殺人事件っスよ」


「被害者は瓶詰 舟夫。死因は背中からナイフのような形状の刃物で刺されて失血死。そして、被害者は凶器を掴みながら絶命していました。これが、凶器です」


 小早川が写真で示したのは、なんというか、不思議な形の凶器だった。


 透明な瓶の中に細い果物ナイフのようなものが入っていた。

 ナイフと瓶は血で汚れていた。


「被害者は鈍器で殴られていたのか?」


 刺殺だと言っていたような気がする。


「いやいやいやいや、違いますよ。被害者はこの瓶の中のナイフで刺殺されていたんです」


「はぁ?」


 瓶の口はペットボトルくらいの大きさ。ナイフの刃の幅の方が大きい。瓶にナイフを入れるのはどう考えても不可能である。

 瓶自体はボウリングの球よりも一回り小さいくらいだろうか。四角柱型の瓶だ。


「わかりませんか、先輩。これは凶器が密室に閉じ込められているんです。前代未聞の密室殺人事件でしょう!!」


 俺は小早川の頭を中身の入ったペットボトルではたいた。

 本当は瓶ではたきたかったくらいだ。近くになかったのが残念だ。



 俺は警始庁捜査一課の刑事、髭宮という。


 小説家になろうのサイトで事件の謎を解いている。

 最近は「死のブルーハワイ」という事件を解決に導いた。


 今回はカクヨムの管轄内で事件が起きたということで、せっかくだからお邪魔させていただくことにした。

 が、まためちゃくちゃな事件に首を突っ込んでしまったようだ。


 被害者が掴んでいた瓶には被害者の指紋が深く刻み込まれていた。瓶はいくら振っても中からナイフが出てこない。

 先ほども言ったが、出口よりもナイフが大きいのだから、無理な話だ。

 瓶に継ぎ目のようなものもなく、割って調べるわけにはいかないため、最新技術を使って、瓶の中のナイフの形状をスキャニングし、ナイフの形状を3Dプリンタでそっくりそのまま作り出して、被害者の背中の傷と照合したとのことだ。


 鑑識のマドンナ、冴樹嬢が最近3Dプリンタを購入して、捜査一課の面々のフィギュアを作っては五寸釘を打ちまくっているという風のうわさを聞いた。最近腰が痛いのは気のせいだろう。


 何にしても、最新技術を駆使して面倒な事実を掘り返したものだ。知らなかった方がよかった事実だ。つまり、瓶の中のナイフが凶器なのは確実ということだ。


 密室殺人事件というのは、いくつか種類がある。

 被害者が密室に閉じ込められている場合、被害者が殺される前に密室が作られたパターンか、被害者が殺された後に密室になったパターン、そして、密室にみせかけて実は密室ではなかったパターン、密室の中に犯人も潜んでいるパターンなどである。


 今回は被害者は青空の下で殺されているため、凶器が密室に閉じ込められている。


 検証してみよう。


 パターン1「被害者が殺される前に密室が作られたパターン」

 被害者がナイフで殺される前にナイフが瓶の中に入っていた?

 瓶には被害者の指紋が残されているため、瓶を握りしめたとき、すでにナイフが中に入っていたということである。瓶の中にナイフが入っていたとしたら、被害者を刺すことはできない。


 パターン2「被害者が殺された後に密室になったパターン」

 被害者が殺された後に瓶の中にナイフが入れられた?

 瓶についた指紋はあくまで瓶についているだけだから、被害者が握りしめた瓶の中は空っぽで、後で瓶の中にナイフを入れれば万事解決……にはならない。

 被害者が殺された前だろうが後だろうが、そもそもこの瓶の中にナイフを入れるやり方が全く思いつかない。


 パターン3「密室にみせかけて実は密室ではなかったパターン」

 穴が空くほど瓶の側面を眺めていたようだが、実際に穴が空くことはなく、継ぎ目のない透明な瓶だった。そしてナイフはその中に入っている。


 実は瓶は瓶ではなかった! ナイフを包み込むように瓶を作った!! というなら、ナイフは瓶にくっついているだろう。瓶の一部がナイフにくっ付いていることだろう。瓶は作られる時は流動体。溶けているのだから。


 そうすると被害者を殺してから瓶を作成したことになる。

 継ぎ目のない瓶の中にナイフを入れるには、ナイフの外側を覆うように瓶を作るしかない。被害者を殺した後、そのナイフを瓶で覆ったのだ。


 うん? でも被害者が殺されていた時は瓶はすでに出来上がっていないとおかしい。

 瓶についている指紋がそれを証明している。

 被害者が亡くなってから瓶を作っていては、瓶に指紋はつかない。


 タマゴが先か、ヒヨコが先か。

 俺は瓶とナイフの密室に閉じ込められてしまったようだ。


 ナイフを瓶に入れたのか、瓶を後に作ったのか。

 瓶をあらかじめ作っていたのか。指紋はいつついたのか。


 被害者をどのように殺したのか、誰が殺したのか以前に厄介な謎が俺を苦しめていた。ナイフが瓶の中に入ってさえいなければ、大した事件ではないのに。


 パターン4「密室の中に犯人も潜んでいるパターン」

 この場合、瓶の中に犯人が潜んでいる、なんて、そんな馬鹿なことはないので割愛する。


 とりあえず現実逃避をしよう。ナイフと瓶の話は後回しだ。

「小早川、被害者のことを詳しく教えろ。瓶とナイフの件はこの際、犯人に聞けばいいんだ。被害者はどこのだれで、誰に恨まれていたとか、そっちの線で攻めるぞ」


 密室の謎は置いておこう。

 密室の謎の解き方は、一つではないのだ。


「被害者は瓶詰 舟夫。ボトルシップの製作者です。その道では超有名人だったみたいです」



 ボトルシップだと……?


 そのあたりに、解決の糸口が隠されている予感がした。



つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る