第2話

 肉料理と旨い蜂蜜酒ミードで知られた「蹄鉄亭ていてつてい」の中二階に半ば無理矢理引きずり込まれた形であったが、蹄鉄をあしらったスイングドアをくぐるや否や、肉の匂いに腹が盛大に鳴った。そういえば今日は昼も食っていない。焼いたあばら肉の塊から着流しが一本引き裂いてフィルに手渡す。最早文句も言わず軽く頭を下げるとたちまちペロリと平らげてしまう。ミルクを一杯頼み、一息に飲み干す。

「人心地付きました。改めてお礼申し上げます。私、フィルと申します。あなたのお名前を未だ伺っておりませんのでお聞かせ頂きたい」

かてえ堅え、蹄鉄亭は無礼講がおまりよ。おいらガンドウっていうよ。でよ、話す気になったなら、お話しよ。聞かせてもらうよ、飲みながらだけど」

 促されて話し始めるとフィルの言葉は止まらなかった。ずッと胸の内にふさがっていた流しのぬめりみたいな心のおりを出し終わったような気がしてせいせいしたものだった。

 ことの発端は士官学校でのまったく下らぬ言葉の上でのいさかいであった。相手は百人長の息子でやたら親の手柄を鼻にかける。親絡みの取り巻きもいることで幅を利かせがちであることから常々苦々しく思って居ったところ、ひょんなことから馬鹿にしたのされたので言い合いになる。そこへ取り巻きだの野次馬だのが入り、引っ込みのつかぬことになったところへ、やい、文句があるなら決闘を受けるかと挑まれたのを受け、立会人を互いに頼んで明後日、払暁ふつぎょうにお堀端にて立ち会うことまで決めるや憤然と飛び出してきたという。親に事の次第を告げるとかえってたしなめられ、子供の喧嘩の上で決闘まで受けてくる馬鹿があるかと叱られて、決闘などしようものなら勘当かんどうだ、それならもう頼みません、立会人は私で探しますと学校と同じ勢いで家からまで飛び出してきた、という次第を語った。

 二杯目のミルクを一気に飲み干し、さぱっとした顔つきでフィルは一息つく。

「このような次第でしたので、お堀端では特に思案もなく呆としておりました。でも、ガンドウさんにお話を聞いていただいて思案もまとまりました」

 コップと肉を脇に置くと居住いずまいを正して座り直し、立会人になってくれまいかと頭を下げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る