第14話

 その日以来、フィルの士官学校での振る舞いは人目を引くほどに変わった。算術も机上きじょう演習も剣術も、全ての講義に殺気が感じられるというか鬼気ききせまる表情で出た。始めのうちこそ例の決闘騒ぎの顛末てんまつを知る者が陰口かげぐちを叩いたりしたが、徐々じょじょにフィルを評価する者の声が大きくなっていった。

「今となってはフィルはあの時決闘を避けていてよかった。何せ負けていれば死んでいるし、勝っていても良くて退学、悪ければ牢屋行き。士官学校の首席卒業間違いなしと言われるほどの者になることなど出来なかった」

「よくぞこらえたものだ。あの若さ、普通なら引っ込みのつかないところだぜ。一時の感情に流されない辺り、すでに百人長の器かもしれん」

 学校での評判を伝え聞いた両親は大いに喜んだが、フィルの関心は士官学校の先にあるいくさおのれの死に方でしかなかった。評判通り士官学校始まって以来の成績で卒業し、義王親衛隊に配属された後もおごることなく勤めを果たした。そうして一年がとうとする頃、フィルはガンドウの住まいを久しぶりに訪ねる。

「ご無沙汰しておりました」

 昼に訪ねたガンドウの屋敷は、夜とはまたおもむきの違った静けさを感じさせた。フィルを居間に通したガンドウは、縁側の太い柱に背中を預け、両足を投げ出す。

「噂は聞いているよ。大層たいそう腕の立つ若武者がお城に入ったってね。この分じゃ義王さまお見得みえも近いと聞いているよ」

「知りません。私にとったらどうでもいいことです。ガンドウさん、例の件、迷宮の覚醒が近いという話はどうなっていますか。遅くとも一年以内には、って話だったじゃないですか。もう一年経ちますよ」

「ああ、あれはね、収まったよ」

「収まった」

「そう。おいらとヤバスでね、何とかなったよ。済んだ。だからしばらくその件については気にせず立派にお勤めを果たしな」

 と手をひらひらと振るガンドウにフィルがにじり寄る。

「す、済んだで済むもんか。あんたのあの言葉を支えにして下げたくもない頭を下げたし、どんなつらいことがあってもどうせ死ぬと決まった身だからと耐えることが出来たんだ。それを今更、済んだの一言で済まされたらこの私の武人の一分いちぶんが立たんじゃないですか」

「べら棒め、口のきき方には気を付けるが良いよ。お前さんあん時何と言った。決闘をこっちから引っ込めるなどできない相談だと言っておきながら結局、こらえなすった。どうにも堪忍ならんことを堪忍したんじゃないかね。お前さんもこれから武人でやっていくのなら、腹に刻んでおくといいよ。義王さま直参じきさんにとって義王さまおため以外にかける命などありゃしないのよ。それは俺らも同じよ。義王さまのお為がすなわちお国の為でもある。お国の為に働くことが、結局そこらを歩いてるお人たちの為になるのよ。判ったか。それを忘れちゃいけねえ」

 ガンドウの怒っているような励ましているような長口上ながこうじょうを黙って聞いていたフィルだが、うーんとうなると腕を組んで目をつむってしまった。それから少しガンドウを思わせるニヤニヤを口の端にただよわせながら座りなおす。

「いや、恐れ入りました。武人として恥ずかしい考え違いをしておりました。お許しください」

「今日はあっさりと謝ったね。判れば良いのよ」

「しかし最後にもう少し恨み言を言わせてほしいんですが」

「ほんに最後だって言うなら聞くよ。何だい」

「迷宮のこと、ヤバスさんと『何とか』したんだったら、その時に私にも声をかけてくれれば良かったんだ。も一度お二人とご一緒できればって、あの時みたいに連れてって貰えたらって、少し楽しみにしていたんだがなあ」

 何やら痛いところを突かれたと見えて、ガンドウが気まずそうにそっぽを向く。

「実はそれ、少し考えたのよ。おいらもずいぶんお前のことが好きなもんだから」

「じゃあ呼んでくださいよ」

「ヤバスがね、二人で行きたいと言ったのよ」

「はあ」

「あやつが俺らと40年ぶりにじっくり話したいことがあると言ってね。どうやら俺ら、あ奴と深く話し込むのが苦手らしい。自分でもそう思わあ」

「ほう」

「で、まあ、お穴の中、二人だけ、それあゆずれねえってんで声かけられなかったのよ、すまねえ」

「これは野暮やぼなことをうかがいました。もうお腹いっぱいです。しかし正直な所、うらやましいですねえ。あんな美しい女性と二人きりとなるとどうなるものなのか私には想像もできない」

 ガンドウもからかわれ始めていることに気付いて急にへどもどし始める。

「おおおめえ、馬鹿を言っちゃいけねえ。前にも言った通りありゃあエルフよ、160越した年増としまよ。見た目でしか女を目利めきき出来ねえお前にゃ判るまいが、お前の思っているようなことは――何を思っているかなんか知るか――ありっこねえのよ。このことあわきまえてもらわねえと困ります」

「そっちやってもう80なりかけやん。何でいっつも年の話で片付けようとするんかなあ?」

 完全に不意を突かれて二人ともぎょっとガンドウの後ろに目をやる。隠形おんぎょうの術でも使ったか、盆にお茶と煎餅せんべい自前じまえで用意して黙って食べていたらしい。

「今80と160やろ。でもこれが230と310になってみいな。そんなに年の差、言うほどありますかねえ? あと見た目はどう見てもウチの方が若いよ。それは100人に聞いたら100人がそう言うよて、それは迷宮で二人の時に話したはずやろ。それにあんまり人に乙女の年の話したらあかんで。それはあかん。ウチいつも笑うてる思うてくれたら困るわ、なあフィル」

「私を巻き込むのとガンドウさんのこと、もうこの位で。堪忍してください」

「せやな、堪忍できんこと、一杯いっぱい堪忍してきたフィルくんにめんじてこの話はもうこれで仕舞いや。続きは蹄鉄亭ていてつてい行こ、な」

 実に一年ぶりに気持ちの良い人たちと会って、気持ちの良い笑いを腹の底から出せる幸せ。つばめ矢来やらいがきを飛び越して屋敷の軒下のきした物色ぶっしょくしている。どうやら本格的に春になったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣と魔法と江戸っ子と~人情果し合い指南 宮武しんご @hachinoji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ