第13話

 まだ夜の明けきらぬお堀端ほりばた、約束した刻限の5分前に到着すると、相手は先に来て待っていた。迷宮に入ったときのフィルと同様にぴかぴかの全身鎧、長剣、水鉢兜バシネットを小脇に抱え、濃紺のマントという出で立ち。童臭どうしゅうの抜けない顔立ちは緊張のせいか、やや青ざめている。若武者の右後方には濃紅の縁取ふちどりをあしらった黒いフード付きローブを頭からかぶった大柄な男が立っている。ローブは遊牧民のテントのように体の周りをゆったりと囲んでおり、顔も体格も武装も判らない。

 フィルはガンドウと肩を並べて歩み寄る。その後ろには断りもなく着いてきたヤバスがいる。相手はフィルが平服で来たことに気付き眉をひそめる。フィルはやや足を速め、ひとり前に出る。

「決闘は受けない。そのことを伝えに来た」

 手短に口上こうじょうを述べる。口上を聞いた相手の強張こわばった表情が、徐々じょじょ侮蔑ぶべつの笑みえと変わる。

此方こっちは作法にのっとり立ち合いも立てた。いよいよとなっておくしたか」

「此方も立ち合いは立てた。しかし考えが変わった。決闘は受けない」

「一度決めた言葉をたがえると言うなら謝らんか。何を昂然こうぜんと顔を立ててふんぞり返っている」

 フィルは頭を下げて一言、

「謝る」

ひざをつけ」

 言われた通り片膝をつき、重ねて

「謝る」

 相手が重ねて何かを言おうと息を吸いかけたところで、うなる犬のように歯をき出したヤバスが一歩踏み出す、前に、

「見届けた」

 黒ローブの低いが良く通る塩辛しおから声が響く。年の頃は50ほどか。

「決闘の停止ちょうじの申し出を受け入れる。立会人、相違ないか」

「相違ねえよ」

 懐手ふところでにそっぽを向いて機嫌の悪さを隠そうともしない。立会人であることも忘れて自ら喧嘩を売りかねない。黒ローブは何か言いたげな若者に一言、用は済んだと告げると連れ立って去って行った。フィルは片膝つきから胡坐あぐらになってうつむいている。悔しさで両膝をにぎつぶさんばかりである。手の甲と足にぽたぽたと涙がこぼれ続ける。流石に軽口もよく叩かず脇にたたずむガンドウに

「例の件、本当なんですよね。こうなった以上、どうしたって戦で死ぬ以外に道は無くなった」

「くどいよ」

 言葉とは裏腹に語気はいたって優しい。

「もうはよう立ちいや、行くで行くで。な、朝ご飯食べよう朝ご飯、な」

 目の輪郭りんかくくずれるかと思えるほど目に涙をめたヤバスが鼻水をすすりながらフィルを立たせる。

「朝ご飯いただきます」

 フィルが震える息を吐くたびにううう畜生と悔し泣きの声がれる。よう堪忍かんにんしたなあ、偉いなあと励ますヤバスの声も震える。

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