第10話

「止まりな!!」

 玄室の中ほどに板とたるでバリケードが築かれており、その陰から見張りとおぼしきあかまみれのローブをかぶった男が汚い歯をき出しにして微笑みかけているのが見える。制止の声を合図に、バリケードの上に一人、左右の脇に一人ずつ、見張りも合わせて四人の汚らしい男たちが一行を取り囲む。

「どうも汚ねえ大鼠おおねずみもあったもんだね。臭くてたまらねえ」

「ガンドウさん、こいつらカピバラじゃない。悪党です」

「俺らだってそのぐらい見りゃ判るよ、馬鹿だねお前さん。おい、追剥ハイウェイマン。ここで何してる」

 追剥と呼ばれて、一同馬鹿笑い。頭と思しき男が自らの優位を疑いもせずバリケードの上で得物の三日月刀シミターを見せびらかす。海賊コルセアでも使いそうなはばひろの刃を今にもめかねない。

「追剥はぐるぐに決まってるだろうが! 大人しく言うことを聞けば命は取らねえ、なんて言うつもりもねえ! 男は殺して女は死ぬまで犯してやる!」

 ほんげえとヤバスが嫌悪感たっぷりの声をらす。ああ、ウチは宇宙一不幸な少女やと芝居がかった嘆きを口にする。

「フィル、かように話の通じねえやから故、最早もはや斬るしかなくなった。足場の悪い上の二人は放ってお置き。俺らは左、お前は右。行けるかね」

「行けますが、どう斬れば」

「一番得意な型通りで行きな」

 言うなりガンドウは左の男に向かってスタスタと歩み寄る。

 余りにも無警戒に歩いて来るものだから話でもあるのかと息を抜いたのが追剥の命取り。間合いに入るや否や、ガンドウの右手が一閃いっせん、得物を持ったまま右腕が飛び、返す刀で今度は首が打ち落とされる。ガンドウは歩速を落とさない。バリケードに近付き蹴りを入れ、見張りと追剥頭リーダーが両手を振り回しながら落ちてくる。

 一瞬のうちに起きた一連の出来事にフィルも、フィルと対峙たいじする右側の男も唖然あぜんとするが、フィルの方が一瞬早く我に返る。

 ガンドウの助言に従い型通り、フィルは長剣を八相はっそうに構えるや雄叫びを上げながら相手に殺到する。フィルの胴に対し追剥の三日月刀の突きが走るがかわさない。何度となく繰り返して身に付いた型どおり、そのまま八相から三日月刀を叩き落とし、切っ先を喉元のどもとに向けたまま前進する。軌道を下方にらされながらも突き出された三日月刀は、しかしフィルの鎧でがらりと音を立てて空しく弾かれる。練習とは異なり、フィルの長剣の切っ先は追剥ののどぶえをずぶりと突き通す。確かな肉を通り抜ける手応えが剣から伝わってくる。フィルは追剥の胸元を足で蹴り、首から長剣を引き抜く。

 振り返ると丁度、足を斬り払われて前にのめった追剥頭の首をガンドウがはね落とすところだった。血刀をびゅっと振ると、びしゃっと音がして二人分の血が床に飛び散る。懐紙かいしの束で抜き身をき取り、ぱっと投げ上げる。ひらひらと舞い落ちる懐紙が絵になる。見張りはと見ると地面に転がって力なく宙をいている。どうやら息を吐くことはできても吸うことができていないらしく、顔面が見る見るうちに青紫色になり、やがて最後にわずかな息を吐くと完全に沈黙してしまった。ヤバスが悪態をつきながら見張りの横っ面に蹴りを入れる。

 フィルは自分の長剣が相手の喉笛を貫く手応てごたえと、鎧に弾かれる三日月刀のからんという感触を反芻はんすうする。自分が生きていることを確認し、緊張感から解放された両手がわなわなと震えている。

「近頃流行りの押し込み強盗のねぐらがお穴なんじゃねえかと当たりを付けて来てみたがあんじょうよ。これで番所の奴らもグルだと知れた。この玄室の入口にくせえ汚ねえと書いておけばこのんで入ってくる者もいまい」

「ではなぜ我々を中に入れたんですか」

「そりゃあどう見たって値打ち物の宝冠ティアラ被った小娘に、どう見たっていくされしてねえ坊主、着流しの素浪人とくればカモがネギしょって来たてなもんよ」

「酷いな、私はエサですか」

「そう責めるねえ。おいら約束は守ったよ。ところで初めて人を斬ってみてどうだったね。え、そいつはお前さんを斬るつもりだったからどうでも斬らなきゃならねえ相手だった。でも、今度の果し合いの相手はどうだろうね。そいつは死んでも仕方のねえほどのことをしたかね。そこまでの目にあわさねえと許せねえかねえ。ちょっ、お止めヤバス。ヤバスさん? 何も言わずにひざの裏を蹴り続けないでおくれ。痛い、痛いよ。宝冠は本当に似合ってると思っています。だから物騒ぶっそうな印を結ぶのはおめ、お止めってば」

 呪詛じゅその言葉を唱えながらガンドウを追い回すヤバスを尻目に、フィルは腕を組んで考え込む。ガンドウの言う通り、ここまでしたいわけではないということは判った。しかし一度申し出た決闘をこちらから取り下げることなど果たして戦士として、男として出来るものだろうか。

「まあ良いよ。お前のことはお前がお決め。俺らは約束通り立会人にもなってやるよ。そこは安心おし。そろそろここを出るよ」

「出てどうするんです」

「番所でひと暴れ。落とし前を付けてもらおうじゃねえか」

 あごをなでながらにやにや笑う。顎に血の汚れが付く。

「場合によっちゃあ斬ることになるね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る