第8話

 ヤバスの出で立ちは魔術師のほとんどがそうであるように、ローブであったが、他の誰とも違ってその柄が、黄金の筋をあしらった紫と紺のタータンチェックであったことに息をのんだ。耳環イヤリングは妖精の羽根をあしらった金。そこに大小の紅玉が南天の実のようにちりばめられている。フードは被らず、蜘蛛の糸より細い黄金色の髪の毛が流れ落ちている。あまりの美しさに目を奪われるフィルに、ヤバスは満足気な笑みを浮かべる。

「久しぶりやから楽しみやなあ。どこまで潜るつもりなん?」

 遠足前の子どものように浮かれるヤバスに、苦虫を噛み潰したような顔を向けるガンドウの視線に気付き、フィルもヤバスも一様に戸惑う。

「いけねえ、それじゃあいけねえね」

「いけねえって何やねん。何があかんねん。腹立つわー」

「お前が美しくなりすぎて、宝石が釣り合ってねえ」

 まるでビンタでもされたかのような顔付きでヤバスが固まる。

「魔術師は宝石から力を貰うが、宝石とお前の間で釣り合いが取れちゃいねえ。今こそ義王さま拝領はいりょう宝冠ティアラを着ける時が来たということよ」

「でもあれ…」

「自信を持ちねえ」

 ガンドウがヤバスの両肩を後ろからつかみ、ひそひそと行けるよ、大丈夫だよとささやきかけても一度家へ送り返す。

 待つうちに現れたお色直しを終えたヤバスを見て、フィルはまたもや息をのんだ。義王拝領ともなるとこういうものかという品。日輪をかたどったダイヤモンドの輪が五つ額を囲み、それぞれの輪の上に涙滴ティアドロップ型の巨大なダイヤモンドが輝いている。しかし、いかんせん大きすぎる。まるで頭にシャンデリアかサラダボウルを載せて歩いているようだ。美しさよりもその大きさに目が行ってしまう。しかしガンドウが手を打って喜びほめそやすので、今やヤバスもすっかりその気。

 肩で風を切って歩く着流しにうきうきと付き従うシャンデリア女とうつむきがちな全身鎧の一行は内堀を超え、城下町の中心部にある迷宮の入口へと向かう。

 迷宮の入口で三人の兵士が守衛をしている。この40年迷宮は沈黙を保っている。よって彼らの役割は外へ出てくる者の見張りというよりは中へ入ろうとする者を追い払うことにある。そのうちの一人、眼帯の大男が何だ何だと口にしながら近づいてくるが、ヤバスの宝冠とフィルの物々ものものしい出で立ちに気付きぎょっとする。

「やあやあご苦労。精が出るね。隊長はいるかい」

 これまた大男の隊長が歩み寄る。

「俺が隊長だ。チンドン屋なら大通りへ行け。許可のない者は迷宮に入ることかなわんぞ」

「お許しがないわけではない」

 ガンドウは体調に近づくと声をひそめた。

おいらの連れは、実はさるお大尽だいじんのご子息とお嬢様なのだが、迷宮に行きたい行きたいと駄々をこねなさってな。これがあまりにしつこいものでお大尽もとうとう折れた。俺らそのお付きというわけよ」

「迷惑な。近頃迷宮めいきゅう遺物いぶつの不法採掘が多く、取り締まりが手ぬるいと、とばっちりを食らっておる。この上阿呆の相手などしておれん。駄目なものは駄目だ」

「いや、御役目ご熱心頭が下がる。実はその件もお耳に入っておってな、守衛の方々へのお心づけを預かっておるのよ」

 と言いながらガンドウが隊長にいくばくかを握らせる。

「手間は取らせねえ。見た目は大人だが、おつむりの方は少々おかわいそうな方たちでね、まるで遠足気分よ。お穴の中の物は持っては出ねえ。それでいいでんしょう」

「二時間」

 ぶっきらぼうに言い置くと番所へ合図を送る。番所も心得たものでかんぬきを開けてそっぽを向いている。ああ、こいつらこういう小銭稼ぎに慣れてるんだ、とフィルは妙に感心する。

「お出で、入るよ」

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