第6話

「上がりな」

 木造建築特有の古い木の香りをフィルは気に入った。家人はいねえので遠慮はいらないよ、という声が奥の室から聞こえてくる。暗いなと思ううちに家の電灯に明かりがともる。発電機のある家は珍しい。迷宮産独特のかすかなウウウという発電機のうなりが聞こえる。通された部屋で上着を脱いで一息ついていると、勝手口に人の気配がする、と思う間に断りもなく人影が入ってきた。金髪きんぱつ碧眼へきがん、緑のワンピース、美しい少女である。三和土たたきまで下りてぴょこっと会釈を交し合う。近づくと風呂上がりの香りがした。蜘蛛の糸のように細い金髪が絡まりもせず腰まで真っ直ぐ下りている。ガンドウさん、お客様でーすと奥に声を掛けながら横目で少女を盗み見るところにガンドウが戻ってきた。

「おひたし、余っとるから食べへんかなと思うて持ってきた」

 これまで聞いたことのない異国的ななまりの美しい声に思わずうっとりとなる。

「すまないね、何のおひたしだえ。アスパラガスじゃないの、有難いね。さっきまで肉と酒だけで胸焼けしてたところよ」

 少女の名はヤバスだとガンドウがフィルに紹介した。先程の切妻屋根の屋敷の住人とのことである。頂き物を頬張ると、ガンドウはフィルの家に使いを送ると言って飛び出していった。初めて訪ねた家で、その家の来客、しかも美少女と二人きりで取り残されるという大変居心地の悪い状況に挙動不審になりかけるフィルであったが、ヤバスの方はさして気に掛ける風でもなく話しかけてくる。卓袱台ちゃぶだいに置かれた差し入れのおひたし、ヤバスが勝手にれた緑茶を挟んで時間を潰す。

 ガンドウが戻って来た時には今日一日のあらましをヤバスに語り終えたころだった。

「今帰ったよ、フィル、お前さんの武装一式は朝一番で此方こっちに届くと決まった。そうと決まったらもう寝な。おいらも寝るよ」

「ちょう待って。明日迷宮に潜るんやろ。うちも行くわ」

「おう、有難ありがてえ。よろしく頼まあ。朝飯を済ましたらおで」

 パッとフィルの顔が明るくなる。また明日ねぇと手を振って、ヤバスが家に入るまで見送ったフィルは、小走りでガンドウの所に戻ってくる。

「本当に美しい方ですねえ。しかもあの異国のような訛りが大変耳に心地よかった。お知り合いの方のお嬢様か何かで」

「お嬢様はよかったね。あれでも大人よ。」

「迷宮にご一緒にいらっしゃるということですので、不肖フィル、ヤバスさんの護衛をお引き受けいたします」

「おいおい、何のために潜るのか、お忘れでないかえ。お前さん自身の武者修行が本題よ、忘れちゃアいけない。それに、あれは大した手練てだゆえ、むしろこちらの護衛のために来るのよ」

「からかってはいけません。あんなお若くて美しいお嬢様にそのような」

「あれはもうよわい170のエルフよ。エルフは初めてかえ。お前のようにはしゃぐ男にゃ優しいが、馬鹿にすると本当に恐ろしいよ。気を付けたが良い」

「170!? エルフ!? でも、耳が尖っていませんでしたが」

「尖ってるのも尖ってないのもいるってことよ」

 いきなり勝手口をがらりと開ける音がする。

「160や! 適当言わんといて!」

 ヤバスはそれだけ言うとまたぴしゃんと戸を閉めて去っていく。

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