第5話

「お穴、と言うと迷宮のことですか」

「そうよ。すっかり大人しくなって中から外に化け物が這い出して来なくなって久しいが、中に入ると話は別よ。内部の有様は未だに義王さまご征伐の令旨りょうじが出たころと変わらねえ。場合によっちゃ、こっそり潜ってお宝を漁る悪党どもとばったり鉢合わせってことも有り得るのよ」

 フィルは目を輝かせて立ち上がる。昔ならいざ知らず、今の迷宮は厳しく出入りが制限されており、士官学校の卒業前実習くらいでないと入れないものとばかり思いこんでいた。

「ガンドウさんにはそういう伝手つてがあるんですね! 是非行きましょう!」

「男の子だねえ、もう少し後先あとさき考えたが良いよ。入るには準備がいるよ。武装はどうするね」

「今すぐ家に引き返し、剣や鎧を取って」

「待ちねえ…お前は本当は馬鹿かもしれないね。昼に決闘するって家を飛び出してった子が夜中に具足櫃ぐそくびつと剣引っかついで飛び出してったら家の者はどう思うよ。そっちは使いを送っておくから任しときねえ。よし、出ようじゃないか」

 懐手ふところでに店を出るガンドウについてそのまま出ようとするフィルの肩を店の者がつかみ、支払いを要求する。払い終わって外に出るとガンドウは懐手で顎を撫でながら待っていた。

「私が支払うんですか?」

「お前、立会人をおいらに頼むんでんしょう。払っときなさいよ。その代わり今日はおいらの家に泊めてあげるよ」

 そう言うと肩で風を切って歩き始める。


 三番街区の脇道に入ってすぐ、らいがきが見えたので、そこがガンドウの家と知れた。侍の家に上がるのは初めてのことだ。矢来垣の内側に目隠しの生垣。実戦の役には立ちそうだが、泥棒に対する備えは皆無のようだ。思っていたよりも広めの屋敷だが、家人はいないのか、熱気もなくひっそりとしている。家の裏手は背の高い切妻きりづま屋根の石造りの屋敷がそびえている。

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