彼の席
「起立ーー。」
「礼ーー。」
「着席。」
学校の授業が始まった。
一平くんのいなくなった学校は、行ってみると一見何ら変わりのない光景だった。
クラスメイトも、担任の先生も、私の席も、昨日までと変わらない。ただ一つ、彼の席が一人分、ないことを除いて……。
(どうして、こんなことになっちゃったんだろう……全部夢だったらいいのに。)
授業も上の空の私を端から見ていて心配したのか、隣の席の郁美ちゃんが休み時間に声を掛けてきた。
「美波、今日なんか変じゃない? 何かあった?」
「え……うん……。」
何か大ありである。でも、郁美ちゃんにどう説明したらいい?
そもそも、この世界では子持ちの中学生っていう事実が、どう受けとめられているんだろう。私はそれとなく郁美ちゃんに聞いてみようと試みた。
「郁美ちゃん、あのさ……私のこと、どこまで知ってるっけ?」
「ん? どこまでって、何の件?」
「うーーんと……私のさ、家族とか、その……、」
「なあに? ……一平ちゃんの話?」
(やっぱり! 普通に出てきた。)
「そう、一平くんのこと……なんだけど、」
「そろそろ保育所とか考えてるの?」
「え?」
「だってさ、今の時代、子育てと学校の両立って難しいじゃん。うちなんか、美波みたいに親が全然面倒みてくれないからさ、沙羅が一平くんくらいの月齢のときに保育所に入れたもんね、覚えてる?」
「え、え?」
(保育所?? 沙羅? なにそれちょっとタンマ、どういうことだ。)
郁美ちゃんは、固まったままの私から不安の感情だけは読み取ったみたいで、
「今が一番大変だよね、ちゃんと寝れてないでしょ? 保育所のこともそうだけど、勉強だっていつでも相談に乗るし、助けるから言ってね。あ、休み時間終わっちゃうね、私トイレ行ってくるわーー。」
ポン、と私の肩を優しく叩いて行ってしまった。
ホワット???
何が一体、起きている――?
〜〜〜〜〜〜〜〜
この世界では、女性の出産適齢期が大幅に低年齢化しており、成人を迎えるころには妊娠率が大幅に下がってしまうという問題が深刻となっていた。
大幅な人口減少を食い止めるためにも、政府がとった対策として、早期の性教育と子育て支援事業の拡大、そして後期妊娠や出産の安全性や確率を上げるための最新医療の発展に力を入れているとのこと――。
夢ならば、何ともシビアな設定でしょう。私の頭なんかでは考えつかない内容に、やはりこれは夢なんかではない、という気持ちが強くなった。
この日一日、学校の授業を受けて何となくわかってきたが、クラスメイトの半数以上が既に子持ちであること、校内には保育所もあること、保健体育の内容が全然違うこと! 私は不思議の国のアリスの気分で家路についた。
(……私これから、どうしたらいいんだろう。)
(……あ……、結局、一平くんの父親って誰なわけ??)
私は一人で考える時間がほしかったが、家に帰るとそうさせてくれない存在が私のことをずっと待っていたんだ。
一平くん、たぶん月齢三ヶ月くらい。愛しの我が子。うーー、胸が痛いよ。
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