美波、ママになる

「ほら、いっくんの口を乳首に近づけて……。」


(ち、ちくび!?)


 呆れながらのママの授乳レクチャーが始まる。


「……なにやってんのよ、ほら、おっぱい出しなさい。ペロンと捲って、」

「ひゃっ!!」


 容赦ないママの促しに、私の麗しき胸があらわになる。

(たとえ赤ちゃんでも、一平くんにこんな姿見せなくちゃならないなんて……)


「うう……」

「なに泣いてるの? そんなにおっぱい痛い?」


 おっぱいは、確かに痛い。だけど、そうじゃない。だいたい、『おっぱい』って響きも中学生の私には抵抗があるのよね……。なんか、イヤらしい感じ。


(どうして私がこんな目に……。)


 私は、一平くんを見つめる。

 一平くんが泣いている。きっとお腹が空いているんだろう。

 赤ちゃんは、ミルクでしか栄養を摂れないから、『お願――い、おっぱいちょうだい』って必死になって訴えている。


(……一平くん、そんなに私のおっぱい……飲みたいの?)


 少々、ふてくされた顔をしながらも、私はついに決意した。大好きな彼のため、彼を元の姿に戻すため、彼を死なせてはいけない。この世界で決して見捨てはしない。


 ママから一平くんを受け取ると、そのまま口元を自分の胸に近づけてみる……。


「ふふあ〜〜……」

「なーーに、変な出してんの。みっともないママですねーー、いっくん?」


 泣きっぱなしだった一平くんが、ミルクの匂いを嗅ぎ付け、探るように頭をフリフリさせて、ぱくっと乳首をくわえた。


(か、かわいい〜〜。何この仕草!!)


 それにしても、赤ちゃんってすごい。誰かに教えてもらったわけでもないのに、ちゃんとおっぱいの吸い方を本能で知っているんだから。


「ンク、ンク、ンク……、」


 一平くんに乳首を吸われる度に、何とも言われぬ気分になる。ちょっとくすぐったくて、恥ずかしくて、変な気分。

 なんで、大好きな人にこんなことされているのか……考えるだけで凹むので、もう考えるのをやめた。


 ママが安心した様子で言う。

「あなた、昨日はミルクつくりに何度かキッチンに来ていたでしょ? おっぱいが出なくなっちゃったのかなってママ心配していたの。」

「おっぱいって出なくなることあるの?」

 私は驚いた。おっぱいが出る仕組みも、逆にでなくなる仕組みも今まで知らなかったんだから。


「ママによっては出ない人もいるし、途中で突然出なくなっちゃうこともあるの。」

「へえ〜〜。」

「それに、おっぱいは出るのに赤ちゃんの吸う力が弱くて飲めないこともあるしね。」

「そうなんだ……」


 目の前の一平くんは、元気に一生懸命におっぱいを飲んでいる。大きくなろうと懸命に。

 その姿をじっと見つめているうちに、不思議なことに胸の痛みが少しずつなくなってきた。


「ママ、なんだか私の胸が元に戻ってきたみたい。」

「そうよ、赤ちゃんが吸ってくれるから楽になるの。そして、吸われると今度はおっぱいも応えるようにまたミルクをつくるんだから……。あなたたちは今は共同体。仲良くしなさいね。」


 そっか、赤ちゃんとママってそういう絆で繋がっているものなのね。そりゃあ、我が子は愛しいはずだわ。

 ……って! 我が子じゃない! そうなの、一平くんは私の彼氏なのに……。


(私、どうしたらいいんだろう。この世界で、こうやって黙って乳母を続けなきゃならないのかな……。)



 これから一平くんと行きたい場所ややりたい事だってたくさんあった。

 それが、なんの因果か私は中学生なのにママになっちゃった。

 私は長いこと途方に暮れながら、この可愛い生き物の口元をただただ見ていた――。

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