美波、ママになる
意識が朦朧とする……。
もう何日、こんな感覚だろう。
一平くんは昼夜問わず、泣いてはおっぱい、寝たと思ったら起きて泣く……おっぱいあげてオムツを替えて、抱っこしないと泣くからあやす……寝たと思ってベッドに置くと泣く。抱っこしないと泣く、の繰り返し――。
私は、だんだん、わからなくなってきた。
一平くんへ対する気持ちが、恋であったか、愛であったか、今の赤ちゃんになった彼に対してはどうなのか……。
たまに、たまにね……とにかく全部がイヤになって、泣きわめく一平くんに冷たく接してしまうことがあるんだ。
泣きたくなることもある。
でも、あやして笑っている顔とか、ぐっすり眠っている顔は可愛くって、愛しいなって思う。そして、また泣けてくる。
そんな毎日を繰り返すうちに、ふと思った。
(――あれ、私、ママが板についてきている……。)
一平くんを元に戻す方法を早く考えなきゃとは思うんだけど、なんせそんな余裕がないの。自分の時間が一分もないの。
私のママに頼んで、一平くんを預けられる時間はトイレの時間と学校に行っている間だけ。
最近は学校の時間に居眠りすることが増えた。
(これじゃあ、次の試験は悲惨だな……。)
ちょっと前までは、私は恋する女の子だった。
趣味はお裁縫と、ときどき神社に参拝すること、とか言っちゃって、週末にはできたばかりの彼氏とデートしたり、それが当たり前だった。
それなのに、ママになった途端、そういう時間は全てなくなっちゃった。
またいつか……って、いつかっていつ来るの?
ホームルーム後、立ち寄った個室トイレの中で、私は、わんわんと泣いた。
バカみたいに泣いた。
それから、少しだけすっきりして、一平くんのことを思った。
一平くんが十四年間生きてきて、培ってきたものが、この世界ではリセットされてなかったことになっている。一平くんの大事な人生が……。
もし、本当に一平くんのことが好きなら、今の私が彼にできることって何だろう。
私は、まだ何も一人ではできないけれど、これから一平くんのために、一平くんが経験したはずの様々なことを、させてあげなくちゃ。
十四年後、元の一平くんに戻ることはできなくても、あの素敵な男の子のように育つように、私が責任を持って見守っていこう。
もう、それしかないよね。
私、ママになる。ちゃんと今の一平くんと向き合う。
嗚咽が止まり、呼吸もやっと落ち着いてきた。
私は、今日も一平くんの元へ帰る――。
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