第4話強奪
「村上先生、大変です。例のシャーレが見当たりません。」
「心配無用だ、俺が自己責任で処分した、黙っていて申し訳なかったが、どう考えてもそれが一番賢明な選択に違いない」
研究助手の宮本は、ヤスキヨのその言葉に、取り敢えずの安堵を覚えた。
宮本自身ここ数日の間、新種の耐性菌の事ばかりが気になり、他の何も手につかない状態が続いていた。
今日、一部の間でしか認知されない事実なのだが、ヨーロッパで、インドパキスタンが発生源と見られる抗生物質が効かない新種の病原菌に感染した患者が出ており、イギリスではその数50人に上るという。更にベルギーでは、最初の死亡者が確認されているらしい。
大航海時代には、コロンブス交換によって西インド諸島の風土病だった梅毒がヨーロッパに蔓延し、シルクロードを渡って、我が国にも広がったというのは有名な話だが、逆に、牛や馬を家畜としなかったアメリカインディアンに天然痘が広がったのは、今日種痘と呼ばれる予防接種を、彼の地の人間が受け得なかったのが原因らしい。パンデミックのはしりとでもいったところか?
実は、純粋培養により、増殖を続ける新種の病原体は、処分に至らず未だヤスキヨの手中にあった。
ヤスキヨに、恐ろしい目論見があったためだ。それは、最初に自分の手でワクチンを作りだしておき、自然発生を装って病原体を撒き散らし、世間を恐怖に陥れた後、そのワクチンで患者を救うという1人芝居を演じることだった。
人類の救世主を装い、自分を否定した家族に一泡食わせるというさもしい考え以外になにも理由などなかった。
邪神 狼少年源 @9770
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