第8話
しばしの空の旅の時間を経て、サーシャとレヴィはフィニエスタ家の庭に降り立った。
空を飛ぶ間にレヴィが小さな鳥のようなものを飛ばして、訪問する旨を伝えておいてくれたので、速やかに中に入ることができる――と思われたのだが。
降り立った庭に、目の据わったシンデレラが仁王立ちしていた。
「サーシャおねえさま……わたくし、あれだけ、あれだけ言いましたのに……。やっぱり悪い男にひっかかってしまったんですのね……!」
サーシャはあれ?と思った。先触れの鳥はどのような説明をしたのだろう。
「レヴィさま、先ほど飛ばした鳥で、どのような説明をなさったんですか?」
「僕が魔術師であること。僕がサーシャを連れてこの家に向かうのでシンデレラに待っていてほしいという内容を送った」
「……………」
必要最低限だ。必要最低限過ぎて、たぶんシンデレラは何か大変な誤解をしている。早とちりともいう。
「シンデレラ、あの、落ち着いて聞いてちょうだい」
「落ち着いてなどいられません! おねえさまが……わたくしのおねえさまが……!」
どうしよう、とサーシャは思った。一体シンデレラの頭の中ではどのようなストーリーが組み立てられてしまったのだろう。
かといって、レヴィとは何も関係がないのだという主張をするのもなんだかそれはそれでおかしい気ががする。
「その体勢……! その体勢を許しているという時点でおねえさまはその方にだいぶ心を許しているじゃありませんか! 言い訳なんて聞きませんわ!」
言われて、レヴィの腕を抱え込んだままだったことに気付く。が、この体勢の何が問題だったというのだろうか。
内心首を傾げていると、レヴィがとりなすように言った。
「彼女はできるだけ多く面積が触れるように考えてくれただけで他意はないよ」
(他意……? 他意があるような体勢だったかしら……?)
今一度客観的に自分の体勢を思い返し――サーシャは顔から火が噴き出るかと思った。
「ち、違うのよシンデレラ! 本当に違うの!!」
断じて、断じて胸を押し付けるような意図はなかったのだ。そもそもサーシャの胸は若干貧相なのでそんなに当たっていない、と思う。
「直接触れたわけじゃないんだからそこまで問題にしなくてもいいと思うんだけど」
直接触れてたら大問題です!とサーシャは思ったが、許容量を超してしまい、はくはくと口を開閉するだけに終わる。
「だから言いましたのに! きっと悪い男の人に騙されて手籠めにされてしまうって!」
シンデレラはますますヒートアップして、落ち着いて話をできる状態から遠ざかって行っている。風吹きすさぶ屋外がそもそも落ち着いて話をできる場所ではないが――と考えて、ふと気づいた。
(今日、こんなに風が強かったかしら……?)
今や木々がざわめくどころでなく、ゆさゆさと揺れるレベルの風が吹いている。サーシャ自身も、ドレスのはためきに体がもっていかれそうで、何事もないふうに立っているのもつらいくらいだ。
異変を感じたサーシャに合わせたかのように、レヴィがサーシャに耳打ちした。
「シンデレラの魔女の力が暴走を始めているみたいだ」
サーシャは目を見開く。ますます強くなった風の中でも聞こえるように、背伸びしてレヴィに近づき口を開いた。
「それって大丈夫……ではないですよね?」
「魔女としてどうか、って話なら、わからない。精神の昂ぶりにつられているようだから落ち着けば元に戻ると思うけど――」
「二人して何をこそこそとお話して――見せつけてるんですの!」
ビュン!と音がした。レヴィとサーシャの間を一際強い風が吹き抜けたのだ。
見ると、レヴィの服の裾が裂けていた。間違いなく、一瞬前にはなかったものだ。
「……なんかコントロールしはじめてるね?」
「そんな落ち着いてる場合ですか!?」
呑気に事実確認していないで、身の危険を感じてほしい。
ぷちん、と頭の片隅で音がした気がした。
シンデレラが自分に執着しているのは知っている。それが自分に向く分にはまあ許容してきた。だが、人様に迷惑をかけるのは――。
「いいかげんにしなさい、シンデレラ、……――『エラ』!!」
瞬間。
荒れ狂っていた風も、シンデレラの声も、止まった。
静まった空間の中、サーシャはレヴィの服の裂けた部分を確認して、傷がないことを確認し、ひとまずほっと胸を撫で下ろした。レヴィはそんなサーシャを、不思議そうな目で見下ろしていた。
「サーシャおねえさま、どうしてその名前を……?」
シンデレラが呆然と呟く。
サーシャは溜息をついて、「まずは家に入りましょう。話はそれからです――レヴィさまもよろしいですか?」と口にした。
シンデレラとレヴィ双方が頷いたので、サーシャはきっと家の中でのんびり待っているだろうローズに、温かい飲み物を用意してもらうことにした。吹きすさぶ風でみんな体が冷えていたので。
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